用語解説コラム

1.退職給付会計設定の背景

わが国で退職給付会計が設定されたのは、いくつかの理由がある。一つは資本市場の国際化を映して会計基準の国際的調和が求められ、様々な基準について改正が行われたことである。会計ビッグ・バンと呼ばれる一連の動きの中で退職一時金、年金などの退職給付に関しても米国の年金会計基準(SFAS87)や国際会計基準(IAS19)と基本的に同じ概念に基づく退職給付会計が導入された。
もう一つは、バブル崩壊以降、年金制度の積立不足が深刻化し、「隠れ債務」である年金の積立不足を企業の財政状態に反映させるべきとの声が高まったことである。それまでの会計手法では退職一時金については支払債務が企業の貸借対照表に計上されるのに対し、年金制度に関しては積立不足があっても母体企業の財政状況には反映されなかったからである。
この他、退職一時金と年金の会計処理を統一化すべきという意見もあった。もともと、日本の企業年金は退職一時金の給付原資を積立てる目的で行われることが多く、退職金の規程の一部を会社が支払い、残りを年金制度で支払うことが一般的に行われている。実態が同じである両者は、債務や費用の算出方法や計上方法を統一すべきであるという主張である。こうして「退職給付に係る会計基準」が1998年6月に公表され、2000年4月から始まる事業年度から適用されることとなった。

2.退職給付会計と年金財政の関係

退職給付会計では、企業が年金制度へ拠出している掛金とは別に退職給付費用を算出する。同じ年金制度について、年金財政と企業会計では異なった方法で債務を算出し、掛金及び費用を算出していることになる。このように異なった方法で行うのは両者の目的が異なるからである。年金財政は掛金の算出を目的としているが、許容される範囲内で母体企業の掛金負担能力を考慮して算出することができる。例えば予定利率過去勤務債務(年金財政)の償却等の違いで負担する掛金額は異なってくる。これに対し、企業会計では母体企業の負担すべき費用や支払債務が客観的に算出されることが必要となる。つまり、企業会計では母体企業が負担すべき額に対して負担能力があるかどうかを判定することを目的とするため、負担能力を勘案して母体企業自らが決定する方法は採用しないという立場であると考えられる。
こうした差異を指摘すると両者は全く別物であるかのような印象を与えかねないが、もともと同じ制度を別角度から見ているに過ぎないから、最終的には掛金と退職給付費用各々の合計額は一致することになる。なぜなら、年金制度の開始から終了までに企業が年金制度に対して負担するのは給付額から運用収益を差し引いた額、すなわち掛金以外にはないからである。実際、会計上の費用が企業が負担した掛金以上にも以下にもなることはないはずである。要するに、年金財政と年金会計とでは将来に及ぶ企業の資金負担(キャッシュフロー)を各期に割り当てる作業方法が異なるだけといえる。なお、制度を終了する場合には、制度終了会計によって年金財政との差額が解消されることになる。逆に、制度が終了しない場合には両者の差が調整されないことになるが、ある程度の期間を通じて考えれば、退職給付費用と掛金の累計金額に大きな差異は生じないと考えられる。

3.退職給付会計の概要

退職給付会計における費用の算出方法と年金財政における掛金の算出方法は基本的な仕組みは変わらない。掛金の算出においては、給付額=掛金+運用収益を満たすような掛金が算出される。ただし、各期への割り当ては、掛金が平準的になるように行われる。これに対して会計上の退職給付費用は、退職給付費用=給付額−運用収益で求められる。この式で当期の退職給付費用を求めるには、当期の退職給付費用=当期増加した退職給付額−当期の運用収益ということになる。当期増加した退職給付額は、「退職給付債務」の額を元に計算する(退職給付費用の詳細は(2)を参照)。

(1) 退職給付債務と年金資産の評価
退職給付会計において、退職給付額の債務評価として「退職給付債務」が用いられる。
退職給付債務
退職給付債務は、将来の勤務を織り込んで算出した退職時の予想給付額のうち、計算時点までの勤務期間に対応するものとして支給率比または期間比により配分された額を現価換算(給付支払い時までの利息相当額を控除)したもの。日本の退職給付会計では、原則として期間比(期間定額基準)により計算する。すなわち、以下の計算式となる。

退職給付債務=退職給付見込み額×現在までの勤務年数÷退職時勤務年数×(1÷(1+割引率))給付支払い時までの年数

期間定額基準
退職給付債務を算出する際に、退職給付見込額のうち期末までに発生しているとされる額を按分する際に利用される。具体的には、退職給付が勤務期間にわたって均等に発生するという考えに基づき、退職給付見込額を全勤務期間で除した額を各期の退職給付の発生額とする方法。日本の会計基準では、この費用配分方法を原則としている。
割引率
退職給付債務を算出する際に、現価換算(給付支払い時までの利息相当額を控除)に使用する利率。割引率の基準は、安全性の高い長期の債券の利回りとして、長期の国債、政府機関債及び優良社債の利回りとされ、一定期間(おおむね5年以内)の債券の利回りの変動を考慮して決定することができるとされている。過去の金利により割引率を決定できるとする指針は、日本特有のものであり、米国基準や国際会計基準では、期末時点の利回りとされている。

日本の退職給付会計において、人数規模が小さい小規模企業は、退職給付債務の簡便な計算として簡便法が認められる。

簡便法
従業員数300人未満の小規模企業等に認められている、簡略化した退職給付債務の計算方法のこと。従業員300人以上の企業であっても、年齢や勤務期間に偏りがあるなどで、原則法に基づく計算結果に信頼が得られないとされる場合には、簡便法の使用が認められている。簡便法による退職給付債務の計算方法には、年金財政計算上の責任準備金の額や期末自己都合要支給額がある。

退職給付会計では、一定の要件を満たした外部積立の資産を「年金資産」とみなし、退職給付引当金の計算において退職給付債務から控除して算出する。すなわち、企業のバランスシート上、年金資産の分は計上されずオフバランスとなる。年金資産の額は、期末時点の時価とされている。
退職給付会計上の年金資産の要件は、実務指針に4点あげられ、すべてを満たすこととされている。

  1. 退職給付以外に使用できないこと
  2. 事業主及び事業主の債権者から法的に分離されていること
  3. 積立超過分を除き、事業主への返還、事業主からの解約・目的外の払出し等、事業主の受給者等に対する詐害的行為が禁止されていること
  4. 資産を事業主の資産と交換できないこと

企業年金制度で積み立てられている資産は、この要件に該当する。さらに、要件を満たす資産であれば退職給付会計上の年金資産とされるため、「退職給付信託」という信託契約のスキームが開発された。

退職給付信託
信託目的で退職給付の支払いに限定された他益信託。委託者は企業、受益者は従業員や年金制度である。受託者である信託銀行が信託財産の管理運用処分を行う。
退職給付会計上、預けられた資産は企業年金の資産としてみなされるが、拠出時の税制優遇措置等は講じられていない。また、当該信託は、退職給付債務と年金資産の差額を超えて設定することは認められていない。
(2) 退職給付費用
退職給付会計における費用は、「退職給付費用」として企業の損益計算書の費用項目(通常は人件費に係る科目)に計上される。
退職給付費用
退職金、年金制度を含めた退職給付制度に関する会計上の費用。基本的考え方は期間に対応した発生ベースに基づいている。計算方法は以下の通り。なお、税務上の費用(損金)は別の方法で算出される。

退職給付費用=勤務費用+利息費用−期待運用収益−未認識債務の費用処理額(過去勤務債務の処理費用、数理計算上の差異の処理費用、会計基準変更時差異の処理費用)

退職給付費用は前述の通り、当期増加する退職給付額から運用収益を控除するという考え方により算出される。当期増加する退職給付額は、勤務費用と利息費用に対応し、運用収益は、実際の運用収益ではなく期待運用収益を差し引く。

勤務費用
制度の給付算定式に基づき、一期間の労働の対価として発生したと認められる費用。当期の勤務によって発生したとされる将来の退職金・年金の給付額を現在価値に割引くことで算出される。計算方法は以下のとおり。
また、当期の勤務費用は退職給付債務の増加の要因の一つとなる。

勤務費用(期首の在籍者)=期首の在籍者に係る期末時点の退職給付債務−期首の退職給付債務×(1+割引率)

利息費用
退職給付債務の経過利息。退職給付債務の計算上、割引率による現価換算を行っており、利息相当分が割引計算されている。したがって、時の経過に伴い退職給付債務が利息分、増加することになる。実際の計算は、以下のとおり期首の退職給付債務に割引率を乗じて算出する。

利息費用=期首の退職給付債務×割引率

期待運用収益
年金資産の運用により見込まれる収益で、退職給付費用の要素の一つ。年金資産×期待運用収益率で計算する。期待運用収益率は年金資産のアセットミックスや過去の運用実績等を勘案して決定される。期待運用収益相当額、すなわち年金資産の増加分だけ負債増加を相殺する効果があるため、退職給付費用の算出時には費用から減額処理される。また、期待運用収益と実際の運用収益との差は数理計算上の差異として処理される。

期待運用収益=年金資産×期待運用収益率

(3) 未認識債務の費用処理

退職給付会計上の過去勤務債務、数理計算上の差異、会計基準変更時差異のうち、期末時点ではまだ費用処理されず、翌期以降に繰り延べられている額をまとめて未認識債務と呼ぶ。これらの額は、一定年数により分割して費用処理することが認められており、費用認識されるまでの間はオフバランスとされる。このように、一括して費用処理するのではなく、遅延認識が認められるという点が、退職給付会計の大きな特色の1つとなっている。なお、一定期間というのは発生した期に全額処理することも認められる。
米国及び国際会計基準では、数理計算上の差異が一定範囲内にあるうちは費用処理を要しないというコリドーアプローチが利用されているが、日本ではこの手法は使われていない。

遅延認識
退職給付会計において発生した過去勤務債務、数理計算上の差異、会計基準の変更時差異について、それらの費用を発生年度に即時に処理するのではなく、その後の期間にわたり一定年数に分割して費用処理すること。
遅延認識が認められる理由としては、(1)年金が長期にわたって運営され、その経済的使益は当該期間に及ぶと考えられること、(2)その期に発生した債務を即時に認識するとボラティリティが大きくなり、企業活動の正確な判断に支障を及ぼす恐れがあることなどである。
過去勤務債務
退職給付制度の変更等により発生した退職給付債務の増加または減少のこと。改訂前の退職給付債務と改訂後の退職給付債務の改訂時点における差額を意味する。発生した過去勤務債務は従業員の平均残存勤務期間以内の一定年数にわたり費用処理される。なお、ベースアップによる退職給付債務の変動は退職金規定自体の変更にはあたらないため、過去勤務債務には該当せず、数理計算上の差異となる。

未認識過去勤務債務
退職給付会計上発生した過去勤務債務のうち、期末時点で費用処理されていない額のこと。費用処理されるまでの間の未処理額はオフバランスとされる。
数理計算上の差異
退職給付会計では様々な仮定が用いられているが、その仮定を用いた予測値と実績値の差、およびその仮定自体の変更により発生した差のことを指す。この差額の発生要素には、(1)年金資産の期待運用収益と実際の運用成果との差異、(2)退職給付債務の数理計算に用いた仮定と実績との差異、(3)計算の前提(割引率、昇給率、予定退職率)などの変更、があげられる。
費用処理方法としては、従業員の平均残存勤務期間以内の一定年数にわたっての処理が認められている。

未認識数理計算上の差異
退職給付会計上発生した数理計算上の差異のうち、期末時点で費用処理されていない額のこと。この額は定額法または定率法により、発生した期または翌期から、従業員の平均残存勤務期間以内の一定年数にわたり費用処理される。また、費用処理されるまでの間の未処理額はオフバランスとされる。
平均残存勤務期間
退職給付会計の費用処理期間の設定に用いられる。在籍する従業員が貸借対照表日から退職するまでの平均勤務期間のことを指す。
期間の算定には、退職率と死亡率を加味した年金数理計算上の脱退残存表を用いて算定する方法を原則とするが、実務上は標準的な退職年齢から貸借対照表日現在の平均年齢を控除して算定する方法も認められている。
定額法
退職給付会計における過去勤務債務および数理計算上の差異の費用処理方法の一つで、原則としてこの方法が用いられることとなっている。具体的には、各年度の発生額を従業員の平均残存勤務期間内の一定年数で按分して費用処理する方法。
定額法では過去勤務債務または数理計算上の差異を発生年度別に管理し、それぞれについて発生年度以降、平均残存勤務期間の一定年数で費用処理を行う。
定率法
退職給付会計における過去勤務債務および数理計算上の差異の費用処理方法の一つ。未認識過去勤務債務または未認識数理計算上の差異の残高の一定割合を費用処理する方法で、定率は費用処理期間内(平均残存勤務期間内の一定年数)で当該発生金額の概ね90%が費用処理されるように決定する。
退職給付会計の実務指針では費用処理方法の原則は定額法とし、この定率法を採用することも可能としているが、過去勤務債務については定額法が望ましいとしている。
会計基準変更時差異
会計基準の変更に伴い、旧会計基準と新会計基準と会計処理の違いによって発生する差額のこと。日本においては、2000年4月に導入された新会計基準による未積立退職給付債務(退職給付債務−年金資産)と旧会計基準の退職給与引当金との差額を指す。この差額を一度に認識することは影響が大きいことから、15年以内の一定年数で費用処理または費用の減額処理を行うこととされた。

会計基準変更時差異の未処理額
退職給付会計上の会計基準変更時差異のうち、期末時点で費用処理されていない額のこと。費用処理されるまでの間の未処理額はオフバランスとされる。
(4) 退職給付引当金

退職給付会計のもう1つの特色は資産、負債の相殺表示である。年金資産及び年金債務をともに企業の債権・債務として企業の貸借対照表に計上するのでなく、両者の差額のみを退職給付引当金として計上するという考え方である。

退職給付引当金
貸借対照表の退職給付に係る負債として計上する額。計算方法は以下の通り。

退職給付引当金=退職給付債務−年金資産−未認識債務(未認識過去勤務債務、未認識 数理計算上の差異、会計基準変更時差異の未処理額)

ここでいう年金資産には退職給付信託による資産も含まれる。未認識債務については、一定年数にわたり費用処理を行う方法が認められているため、費用処理を繰延べられている部分については結果的に貸借対照表には計上されないことになる。

年金資産の積立てが大きくなると、退職給付引当金がマイナスとなる場合がある。この場合には、期末の貸借対照表上の資産項目として、前払年金費用が計上される。

前払年金費用
会計上、年金の積立不足は退職給付引当金として負債計上されるのに対し、年金の積立超過は前払年金費用として資産計上される。
貸借対照表に反映される積立状況は実際の積立状態(退職給付債務−年金資産)に費用処理を繰延べている未認識債務を加減しているため、前払年金費用は実際に積立超過となってない場合にも計上されることがある。この場合未認識債務が費用処理されるにつれて前払年金費用が取崩されることになる。

4.海外における年金会計基準見直しの動き

最近、海外において退職給付会計を見直す動きが活発化している。具体的には、米国の財務会計基準審議会(FASB)及び国際会計基準委員会(IASB)の動きである。両者は会計基準統一を進める中で退職給付会計に関しても統一歩調で見直しを推進している。
大きな課題となっているのが遅延認識の取扱いあるいは債務の算出方法である。遅延認識の問題点は、実際の積立状況が期末の貸借対照表に反映されないという点が指摘されている。遅延認識によって費用処理(あるいは費用の減額処理)が繰り延べられ、さらに海外基準においてはコリドーの範囲内にある未認識債務の費用処理が行われないため、実際の積立状況と貸借対照表上の積立状況には乖離が発生することになる。これでは投資家に有意義な情報は伝えられないとして、数理計算上の差異を発生した期に全額処理し、期末の実際の積立状況をそのまま期末の貸借対照表上に反映させようとするものである。すでにこの手法はSFAS158で採用され、国際会計基準でも同様の方向に進んでいるようである。
一方、債務の算出方法に関しては、各国各様の制度があるのに対して現状の計算方法(PBO)だけで正確に捉えることができるかという問題意識があるようである。諸外国には運用実績に基づく元利合計額を給付する制度や最低保証付きの確定拠出年金など様々な制度が存在する。特に、国際会計基準を適用する国が増加するにつれ、各国の実情に応じた債務の測定を必要とする状況が出てきていることが見直しの背景と考えられる。
この他、年金資産と退職給付債務の差額を表示する相殺表示についても、見直しの議論が行われる可能性がある。つまり、年金資産も退職給付債務もすべて貸借対照表に計上すべきという意見である。特に米国では、エンロン社など一連の会計不正事件でオフバランス取引が不正の温床となっていたため、オフバランスとする会計処理を全面的に見直すべきという意見がある。
日本企業が海外で資金調達を行い、海外投資家が日本市場で資産運用をする機会は今後ますます活発化すると思われる。投資情報の共通言語である会計の統一化は一段と進まざるを得ないとみられ、海外における会計基準見直しの動きはさほど遠くない時期に見直しのプレッシャーとなってくると考えられる。