ESG投資を通じて「安心・豊かな社会」を創り出す
〜日本におけるESG投資のパイオニア・
三菱UFJ信託銀行の取り組みとは?

企業の財務情報だけでなく、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資、通称「ESG投資」が世界的に注目を集めています。三菱UFJ信託銀行では20年以上前から業界に先駆けてESG投資への取り組みを開始、2019年には不動産を含むすべての運用資産においてESGの視点を組み込む体制の構築を実現しています。今回はESG投資市場拡大の背景と現状、三菱UFJ信託銀行の取り組みについてアセットマネジメント事業部責任投資推進室の加藤 正裕氏に聞きました。

短期的なリターンではなく、中長期的なリターン向上を目指すESG投資

―そもそもESG投資とは具体的にどのような投資のことを指すのですか?また、なぜ近年、ESG投資に注目が集まっているのでしょうか?

加藤:ESG投資とは財務情報のような従来の投資尺度に加えて、企業の環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(企業統治、Governance)などより幅広い情報を考慮し、リターンを追求する投資手法のことで、責任投資(Responsible Investment)とも呼ばれています。
端的に言えば、ESG投資は「環境・社会・ガバナンスの視点を考慮することが長期的に見れば、より安定した、より多くのリターンを獲得する機会に結び付く」との考え方に基づく投資であり、短期的なリターンの追求ではなく、投資が環境や社会に与える中長期的な影響にも目を向けて、投資先の持続的な成長と中長期的なリターンの向上を図ることを目的としています。

■ESGの取り組みの例

●環境(Environment): カーボンニュートラル、エネルギー効率、プラスチック、生物多様性など
●社会(Social): 雇用・賃金、ダイバーシティ、平等、インクルージョン、働きやすい環境など
●ガバナンス(Governance): 取締役会の構成・ダイバーシティ、取締役会の実効性、役員報酬制度など
今回お話を伺ったアセットマネジメント事業部フェローで責任投資ヘッドを務める加藤正裕氏

加藤:ESG投資は、2006年に国連のアナン事務総長が機関投資家に対してPRI(責任投資原則、Principles for Responsible Investment、投資分析と意思決定プロセスなどにESG視点を反映させるべきとしたガイドライン)を提唱したことを機に、世界的に広く知られるようになりました。特に2008年のリーマンショック以降、資本市場で短期的なリターンを追求する投資家の姿勢に批判が集まったことなどを背景に、PRIに署名する投資機関が増え、今では全世界で約5,000の機関が署名をしています。

世界規模で約4,000兆円に急拡大するESG投資
日本でも2015年9月に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がPRIに署名したことでESG投資の認知度が向上、同じく2015年9月に国連が採択した持続可能な開発目標(SDGs)で、民間企業が気候変動や貧困撲滅といった課題解決の主体と位置付けられたこともあって、ESG投資の普及が加速しています。つまり、投資家がESGを配慮した投資を行うようになれば、多くの投資先がこれらの社会問題に取り組むようになり、結果として持続可能な社会の実現に近づくことができるだろうという期待から、ESG投資に注目が集まっているのです。
ESG投資は世界規模で急拡大しており、2020年末現在、全世界のESG投資残高は約3,883兆円(2018年比+15%)、日本でも約316兆円(同+32%)に上っています。

信託銀行のDNAがESGを受け入れる土壌に

―三菱UFJ信託銀行は日本におけるESG投資のパイオニアとして知られ、早くから様々な取り組みを展開しています。どのような課題意識があったのでしょうか。

加藤:私たち三菱UFJ信託銀行では、創業以来一貫してフィデュ―シャリー・デューティー(受託者責任)の理念に基づき、受益者の皆様にとって真に価値のある投資の在り方を模索し続けてきました。その一環として1999年には業界に先駆けて投資先企業への議決権を行使(注)、2002年には議決権行使の専門部署を社内に設置するなど、投資先の企業の長期的な価値向上に取り組んで参りました。
また、特に気候変動を中心とする環境問題、相次ぐ企業の不祥事に対する投資家の責任にもいち早く着目し、国連主導で策定されたPRIには2006年5月の発足と同時に署名を行いました。もともと信託銀行である弊社には、お客さまからお預かりした大切な資産を長期的・安定的に拡大していこうとするフィデュ―シャリー・デューティーのDNAがあり、それがESG投資の思想を受け入れる土壌となったのです。

ESG投資は日本の「三方よし」を発展させた取り組み
そもそも、ESG投資は枠組みとしては新しいものですが、「事業を通じて社会に貢献する企業に投資する」という基本的な考え方自体は決して新しいものではありません。日本にも古くから、例えば「三方よし」を理念として商売をする近江商人のように社会問題の解決や社会貢献活動に積極的に取り組んできた企業はたくさんあります。そして、そういった企業の姿勢に共感し、企業の長期的な価値の向上を投資判断の材料としてきた機関投資家も存在しており、弊社も、創業以来そのような投資をしてきたという自負があります。その意味で、弊社にとってESG投資はこれまで行ってきた投資の基本をESGという新しい枠組みで捉え直し、さらに発展させていく取り組みであると言えます。

(注)株主が株主総会での決議に参加し、会社の経営方針や取締役の選任、定款の変更などの議案に対して賛否を投票すること

すべての運用資産においてESG視点を組み込む

―ESG投資を行うにあたって、どのような体制をとっているのでしょうか?

加藤:2006年のPRI署名以降、投資先企業に対してESG視点でエンゲージメントや議決権行使を行うスチュワードシップ活動を積極的に行ってきましたが、ESG投資へのさらなるコミットメント強化を目指して、2019年に責任投資推進室を設置するとともに、以下6つの原則に基づく「MUFG AM 責任投資ポリシー」を策定し、不動産や外部提携商品を含むすべての運用資産においてESG視点を組み込む体制の構築を実現しています。

■MUFG AM 責任投資ポリシー

原則1 投資分析と意思決定のプロセスにESGの課題を組み込みます
原則2 (運用資産の)活動的な所有者(アクティブオーナーシップ)になり、所有方針と所有慣習にESGの問題を組み入れます
原則3 投資対象の主体に対してESGの課題について適切な開示を求めます
原則4 資産運用業界で本原則が受け入れられ、実行に移されるように働きかけを行います
原則5 本原則を実行する際の効果を高めるために協働します
原則6 本原則の実行に関する活動状況や進捗状況に関して報告します

加藤:取り組みの牽引役を担うのは、「責任投資推進室」です。責任投資推進室が資産運用部など実際の投資判断を行う各部署に対して、調査・研究に基づいた情報連携や助言などを行うと同時に、各部署からも責任投資推進室に活動の報告や情報提供が密に行われており、トップダウン・ボトムアップの双方向から常にESG投資に関する情報を共有・連携し、ESG投資の実効性の向上に努めています。

■三菱UFJ信託銀行におけるESG投資のガバナンス体制

「ガバナンス体制」「情報開示」「気候変動」「健康と安全」
「人権・ダイバーシティ」を重大なESG課題として設定

―ESGの課題は広範囲に及びますが、三菱UFJ信託銀行が特に力を入れている点はありますか?

加藤:ESG投資のインパクトを最大化するためには、多種多様なESG課題の中でも特に重要なもの、そして三菱UFJ信託銀行の活動によって特に大きな改善が見込める課題を明確にすることが必要だと考えています。
そこで、弊社ではESGを通じた投資価値向上のために投資先と重点的に対話すべき内容を、「気候変動」「人権・ダイバーシティ」「健康と安全」「ガバナンス体制」「情報開示」の5つのテーマに絞り、特に「重大なESG課題」として設定しています。投資判断を行うにあたっては、5つのテーマごとに設定された評価項目について、ファンドマネージャーやアナリストが各投資先を取材し、評価をスコア化することによって非財務情報の分析などを行っています。
例えば、5つのテーマのうち「健康と安全」は、未だ新型コロナウイルスの感染が続いていることもあり、引き続き、多くの企業にとって極めて重大な課題ですが、働きやすい環境、離職率、労働安全などがESGスコアの評価項目として設定されています。なお、これらの5つのテーマは、投資先との対話の議題としてだけではなく、すべての運用資産で考慮しており、ESG投資の取り組みを推進するにあたっての「起点」としても活用しています。

■重大なESG課題

「社会における重要度」を縦軸、「MUFG AMの運用における重要度」を横軸としたマトリクスに、それぞれ選定した課題をマッピング。
双方にとって重要度の高いものを、「重大なESG課題」として選定

投資先との対話の約6割がESG関連に

―こういったESG投資の取り組みに対して、投資先企業の反応にはどのような変化がみられるのでしょうか?

加藤:三菱UFJ信託銀行では2014年より日本版スチュワードシップ・コード(機関投資家による投資先企業の中長期的なリターン拡大を促すことを目的として政府が策定する行動原則)を受け入れ、投資先の企業と積極的に対話(エンゲージメント)を行っていますが、ESG投資に注目が集まるにつれて企業側からも対話の要望が増え、2020年7月〜2021年6月の1年間で行った対話の件数は約940件に上りました。このうち、重大なESG課題を中心に企業と対話を行い、変化を働きかけた事例を2例ご紹介しましょう。


事例1.コロナ禍における従業員の負荷軽減(テーマ:健康と安全)

■着目点 本事例の企業では労働集約型の主力事業で中長期的な雇用確保がかねてから課題であったが、生活様式の変化で売上高が増加傾向になり、さらなる労働環境の悪化が懸念されるため、対話を実施。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い需要が急増する中、従業員の労働負荷軽減につながる環境整備の必要性が高まったと考え、短期と中長期の対応について議論した。 ■反応・変化 企業自身も労働環境の改善は経営課題と認識しており、装備等の投資は行っていた。しかしコロナ禍による急激な需要増加は想定以上であり、労働生産性は落ちている。今後は人員配置見直しや省人化対策を実現しながら、顧客や従業員の安全を意識した中長期的な体制を構築していく。

事例2.女性取締役比率の拡大(テーマ:ガバナンス)

■着目点 三菱UFJ信託銀行は経営戦略を実行するためには、社外取締役を増やすだけではなく、必要な知見や能力を備えた多様な人材で構成されることが重要と考えている。本事例の企業は経営多角化が進む中、取締役の人材構成に偏りがあり、社外取締役の比率も低い。女性取締役の登用等によるガバナンス体制の改善余地について議論した。 ■反応・変化 重要な意思決定については社外取締役と議論しているが、スキルに偏りがあり、ガバナンス体制改善の余地は大きいと受け止めており、体制強化に向けた議論を経営陣で行っている。その後、経営経験豊富な女性社外取締役が選任され、取締役会の多様化が進展した。

こういった対話を通じて投資先企業とESG課題についての認識を共有することによって、弊社は投資判断や議決権行使判断を行うにあたって重要な判断材料を得ることができ、投資先企業はESG課題の改善につなげることができます。ESG課題の改善は直接的には財務の改善に役立つわけではありません。しかし、例えば労働環境を改善すれば良い人材の確保につながるように、非財務の改善は長期的に見れば財務の改善につながることは明らかです。三菱UFJ信託銀行では、今後も継続して投資先企業とESGをテーマにした対話を積極的に行うことによって投資先企業にポジティブな変化を生み出し、持続可能な成長を促していきたいと考えています。

■非財務情報と財務情報の関係

非財務の状態は「木の根」のように、財務の状態に長期的に影響を与えていく

非財務情報は「木の根」としてイメージできる(出典:責任投資報告書2021 P24)

日本におけるESG投資マーケットの活性化をけん引

―ESG投資の取り組みにおける、今後の課題を教えてください。

加藤:弊社がESG投資に取り組む目的は、ESG投資を通じて投資先の価値を高めてリターンを獲得し、お客さまの信頼にこたえていくことです。この目的を達成するためには、人材の育成が不可欠です。投資判断をするアナリストやファンドマネージャーだけでなく、マネジメントや営業、ミドルオフィスも含めたすべての役職員を対象にESG投資に関する意識の定着と知識の向上を図るために、すでに社内向けニュースレターやイントラネットを通じてESGに関する情報発信を行っていますが、今後はEラーニングなどによる勉強会の開催なども予定しており、継続的に人材のITリテラシーの向上に向けた活動を強化していきます。
また、お客さまへの情報発信とESG投資マーケットの活性化も、大きな課題のひとつです。弊社が2020年度に実施した年金運用アンケートでは、「スチュワードシップ・コードを受入済み又は受入検討中」と回答したお客さまは約15%、「スチュワードシップ活動を実施予定」も含めると、全体の4割弱のお客さまが、運用成績向上への期待、社会的な流れ、母体企業の意向等から、対応を実施・検討している状況であることがわかりました。
そこで弊社ではESG投資のさらなる普及に向けて2020年度から国内の運用機関として初めてお客さま向けに「ESGニュースレター」の配信をスタート。弊社のスチュワードシップ活動やESG投資活動の成果をご報告するほか、ESG投資に関する最新動向をご紹介しています。またお客さまを対象にしたセミナーや勉強会も開催し、お客さまのESG投資への関心を高めることを通じてESG投資のさらなる普及を促し、日本におけるESG投資マーケットの活性化に取り組んでいます。そして最終的には、市場全体を活性化し、より安定した、より多くのリターンを社会に還元していくことで、弊社の目指す「安心・豊かな社会」に貢献していきたいと考えています。

プロジェクトを推進するのは、アセットマネジメント事業部 責任投資推進室

アセットマネジメント事業部
フェロー
責任投資ヘッド
加藤正裕(かとうまさひろ)

責任投資推進室は、アセットマネジメント事業全体のESGに関わる調査研究・企画・推進を行う部署です。
日本におけるESG投資の更なる普及に貢献していくと共に、当社の取り組みを訴求し、ESG投資と言えば、"三菱UFJ信託銀行"と言われるように社外への情報発信にも積極的に取り組んでいきます。

本コンテンツの内容について

2022年6月現在の情報に基づき作成しております。