「株主名簿管理人」
だからこそできる
資本政策支援の
真髄に迫る
―
三菱UFJ信託銀行
吉原一誠氏
インタビュー

「株主名簿管理人」だからこそできる資本政策支援の真髄に迫る
―三菱UFJ信託銀行 吉原一誠氏インタビュー
株式上場(IPO)を目指すスタートアップ企業にとって、ストックオプション(SO)制度の設計は重要な経営課題のひとつです。しかし、その設計や運用には多くの専門知識が必要とされ、企業の成長フェーズに応じた柔軟な対応も求められます。今回は、年間約100件以上のSO関連相談を手掛ける三菱UFJ信託銀行 証券代行営業推進部の吉原一誠氏に、資本政策の視点からみたSO制度の設計・運用について話を伺いました。
――まず、これまでの経歴について教えてください。

2002年に入社後、営業部門を経験し、2003年からIPO支援業務に携わりました。その後、三菱UFJキャピタルに3年4ヶ月出向し、スタートアップ投資業務を経験。2010年から証券代行のIPO専門部に移り、当初は新規営業を、2014年以降は主にコンサルティング業務を担当しています。この約10年間で、IPOに関する資本政策周りの相談は700件以上に上ります。
――ストックオプションに関する相談は、どのような形で持ち込まれることが多いのでしょうか。
実は、最初から明確な要望を持って相談に来られる企業は少ないんです。多くの場合、私たちは登記簿謄本を丁寧に読み込むところから始めます。謄本には会社の歴史が詰まっていて、そこから潜在的な課題が見えてくることが多いんです。
たとえば、「ストックオプションを発行したい」という相談の背景には、「資本政策を改善したい」「人材採用を強化したい」といった本質的な経営課題が隠れています。私たちは、まずその本質的な課題を探り、その解決策のひとつとしてSOが適切かどうかを検討していきます。
――10年間コンサルティングに携わる中で、SO制度を取り巻く環境はどのように変化してきましたか。
この10年で、制度の自由度は大きく高まっています。特にスタートアップ5か年計画以降、選択肢が格段に増えました。しかし、自由度が増すということは、それだけ慎重な検討が必要になるということでもあります。
たとえば、行使価格の設定ひとつをとっても、会計面、税務面、株式実務面からの検討が必要です。最近では、国税庁への確認を通じて得られた知見なども活かしながら、さまざまな角度から最適な設計を目指しています。ただし、自由度が高まった分、思わぬ落とし穴も増えているのが実情です。
――三菱UFJ信託銀行のコンサルティングの特徴について教えてください。

最大の特徴は、株主名簿管理人という立場から得られる実務的な経験とノウハウです。私たちは日々の株式実務を通じて、さまざまな課題やその解決策を蓄積してきました。これは机上の理論ではなく、実践の中で培われた確かな対応力です。
また、私自身も三菱UFJキャピタルでの経験があるように、チームメンバーは多様なバックグラウンドを持っています。この多角的な視点が、複雑化するSOをはじめとする資本政策の設計に活きています。
さらに重要なのは、私たちが上場後も株主名簿管理人としてクライアントに関わり続けるという点です。通常のコンサルティングファームは短期的な支援で終わることが多い一方、私たちは長期的なパートナーとして、企業の成長に寄り添うことが求められます。
――印象に残っている支援事例を教えていただけますか。
ある企業では、税制適格SOと1円SOが混在する状況で、会計上多額の費用計上をしていました。そこで、全てのSOの再発行を提案し、会社にとっても、役職員さまにとってもより良いSOに組み替えることができました。この案件では、約5期分の会計変更という大がかりな対応が必要でしたが、単なる制度の変更に留まらず、従業員への丁寧な説明会を実施するなど、新しいインセンティブ制度に切り替えることで、お客さまからとても感謝いただきました。
また、上場直前に有償SOを導入することで資本政策を大幅に改善した案件も印象的でした。既存のSOが経営陣にとって不利な条件だった一方、上場申請直前という微妙なタイミングでのSOを組み替える対応が必要でした。そこで、有償SOを活用することで、経営陣の持株比率を改善し、上場に向けて資本構成を改善することができ、こちらもお客さまからとても感謝いただきました。
――SOを取り巻く環境は今後どのように変化していくとお考えですか。

制度は確実に使いやすくなってきていますが、まだ課題も残ります。たとえばM&A時の取り扱いや、権利行使時の資金需要の問題などです。特に、インセンティブ制度なのに行使資金が必要になる点は、今後解決すべき大きな課題だと考えています。
また、今年の法改正により、未上場企業でも新しい形態のSOが可能になるなど、選択肢は着実に広がっています。私たちも海外の事例研究を進めながら、日本の実情に合った最適な制度設計を模索しています。
――最後に、SO導入を検討している企業へのメッセージをお願いします。
SOは確かに重要なインセンティブツールです。上場を目指す企業の9割近くが導入しており、採用市場での大きな差別化要因にもなります。しかし、潜在株式比率の制限や、外部株主が存在する場合の制約など、さまざまな制限の中で設計する必要があります。
重要なのは、SOを単独で考えるのではなく、資本政策全体の中での位置づけを明確にすることです。目先の課題解決だけでなく、将来の成長を見据えた制度設計が、結果として企業価値の向上につながっていくと考えています。
プロフィール
吉原一誠(よしはら・かずまさ) 三菱UFJ信託銀行 証券代行営業推進部 ジュニアフェロー 三菱UFJ信託銀行入行後、ベンチャー企業の新規営業、三菱UFJキャピタルでの投資業務経験を経て、2014年よりIPOコンサルティング業務に従事。 ストックオプションを含む資本政策コンサルティングのスペシャリストとして、年間100件以上の相談に対応。