コラムVol.147 知って得する確定拠出年金 第4回 DCにおけるインフレへの向き合い方

2022年7月12日
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日下部 朋久 (くさかべ ともひさ)
MUFG資産形成研究所長。1986年三菱信託銀行(当時)入社。年金数理、年金ALM、退職給付コンサルティングなど、幅広く年金業務に従事。企業年金基金、健康保険組合等を経て、2022年4月より現職。年金数理人。日本アクチュアリー会正会員。日本証券アナリスト協会認定アナリスト。1級DCプランナー。
MUFG資産形成研究所

初めてのインフレ、どのように向き合えば?

最近、インフレが話題に上ることが多くなりました。消費者実感として食品や燃料で価格があがっていることは感じますね。このトレンドが今後どのようになるかは不透明ですが、DCを始めとする資産形成の視点でインフレをどのように考え、どのように向き合えば良いか考えてみましょう。

積立目標額はインフレの影響で変わってしまう!

DCやNISAなど積立投資をして資産形成をする時に、目標額を定めることがあると思います。一時期話題になった老後資産2000万円問題もひとつの目標額と考えられます。私たちは長らくインフレがほとんどない生活を続けてきましたので、2000万円と言ったら、現在も将来も同じ価値という感覚が少なからずあります。2000万円問題となったレポートでの算定根拠は、総務省の家計調査において高齢夫婦無職世帯の実収入と実支出の差が約5.5万円/月となっているというデータから、「5.5万円×12か月×30年=1980万円≒2000万円」という計算をし、導いた数値でした。例示として取り上げる数値としての良し悪しはともかく、この数値は調査時点の価値での評価になっていることがわかります。

今、45歳の方がこの例示にあてはまると考え、65歳の積立目標額を2000万円とした時、果たしてこの例示のように生活していけるのでしょうか。インフレを考慮に入れた時、20年後に今の2000万円の価値を得るにはいくら必要なのか考える必要があります。将来継続するインフレ率を日銀の政策目標である2%と仮に置くと、現在の2000万円と20年後に同じ価値となるのは、「1.0220=1.486」約1.5倍、3000万円!!であることがわかります。ちなみに1%であれば同じ計算式で2440万円になります。

インフレ率年2%の場合、現在の2000万円=20年後の3000万円

インフレ率2%という前提が妥当かどうかはともかく、積立目標はインフレを考慮した金額とすることが大切なのです。そうすると、価格変動リスクはないものの金利がほとんど付かないような積立では実質価値が目減りすることになります。上述のインフレ率2%の場合は20年後で3分の2の価値となります。価格変動リスクが無く安全と思っていたものが実は大きなリスクを抱えていたということになります。元本確保にこだわりすぎると実質価値を棄損するということになりかねないのです。加えて、積立投資の場合は毎月の積立額もインフレにより実質価値が下がるため、こちらもインフレの進行に伴い増額していかないといけないですね。このようなインフレに対する考え方は馴染みが薄いかもしれませんが、過去においてインフレは大きな社会問題でしたし、日本以外では現在も経済社会の主要な課題であり、日常に意識されている問題です。

投資対象資産の収益率には期待インフレ率が組み込まれている!

ではインフレを前提としたとき、これまでの資産形成の考え方や投資対象資産を見直す必要があるのでしょうか。結論としては、インフレを前提とした資産形成と言っても、王道である長期・積立・分散を考えた投資方法に変わりはありません。と言いますのも、一般に資産形成のための投資対象となる資産にはそれぞれ一定のインフレ耐性があると考えられるからです。一般に各投資対象資産の期待収益は次のように考えることができます。

名目上の期待収益率 = 期待インフレ率 + 実質期待収益率

実質期待収益率は投資対象資産が本源的に生み出すと期待される収益率です。実質期待収益率に期待インフレ率を加算したものが名目上の、つまり実際発生すると期待される収益率になります。これは例えば、企業が商品販売価格をインフレ分引き上げることで売上額が増加し、同様に利益も増加することで、その結果が株価や配当金に反映されることを想像すればうなずけますね。インフレ率に見合った収益が実質収益にプラスして得られる、つまり長期投資を行うことがインフレ対策となっていると言えるのです。

ただし期待収益率は字のごとく期待値ですので、インフレ率が上昇すれば瞬時に名目上の収益率が上昇するわけではありません。例をあげると、短期的にはインフレ率の上昇による業績悪化懸念などで株価が下落したり、インフレ率の上昇による金利上昇により債券価格が下落したりします。これに対して長期的には、インフレを克服した企業が名目上の売り上げ・利益を伸ばしていくことで、インフレ分もカバーして行くことになったり、債券は高いクーポン(金利)のついたものが発行されるという形でインフレ分がカバーされるようになります。

結局どうすれば

分散投資例

まとめると、短期的な視点でインフレ対策となるような投資手法はなく、あくまで長期的な視点でインフレに打ち勝つととらえる必要があります。そして長期投資においては実質価値の維持(インフレ対策)にとどまらず価値を増加させることが重要ですから、リスク資産を取り入れることが大切です。各投資対象資産の期待収益にはインフレ率の期待値が織り込まれていると考えられるので、これまでどおりリスク資産を取り入れつつ、長期・積立・分散の基本原則を守ることが大切だということです。加えてインフレの進行に伴い積立元本も増やしていくことも忘れてはなりません。

インフレ対応には妙手はないこと、そして積立目標額を考えるときはインフレ前提を考慮に入れることが重要であることが結論です。

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