コラムVol.155 知って得する確定拠出年金 第7回 確定拠出年金におけるリスク許容度とは?(前編)

2022年11月11日
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日下部 朋久 (くさかべ ともひさ)
MUFG資産形成研究所長。1986年三菱信託銀行(当時)入社。年金数理、年金ALM、退職給付コンサルティングなど、幅広く年金業務に従事。企業年金基金、健康保険組合等を経て、2022年4月より現職。年金数理人。日本アクチュアリー会正会員。日本証券アナリスト協会認定アナリスト。1級DCプランナー。
MUFG資産形成研究所

DC制度に加入すると、ご自身のリスク許容度に応じて商品選択をしましょうと、説明されます。自分のリスク許容度って何?と戸惑う方も多いと思います。一体どのように考えれば良いのでしょうか。老後資産形成としてのDCにおけるリスク許容度について考えてみましょう。

DC制度の掛金の由来はどこにあるのか

リスク許容度を考えるヒントとして、今、加入しているDC制度が何由来なのか、把握することが大切です。企業型DCでは主に退職金制度から移行しているケースが多くなります。つまり退職金を払う代わりにDCの掛金を企業が拠出するということになります。これを掛金由来Aとします。由来Aに対し、iDeCoはご自身の給料などの所得から掛金を拠出しています。また、企業型DCでも本人が事業主拠出と併せて拠出するマッチング拠出や、前払い退職金の代わりに企業型DCの掛金として拠出する選択型DCでも、給料などの所得から実質拠出することになります。これらを掛金由来Bとします。本質的には由来AでもBでも考え方はかわらないのですが、今回は由来Aである退職金制度から移行した企業型DCのリスク許容度について考えていきたいと思います。

リタイア時に2000万円確保したいと考える場合

分かりやすさのために単純化して、公的年金以外の老後資金は退職金だけで、その金額がおおよそ2000万円期待できる前提とします。そして、その全額をDCに移行している場合を検討します。

さて、このケースにおいてDCのリスク許容度はどう考えるのでしょうか。実はこれは非常に悩ましい問題なのです。自分にとってリスクとは何かを考える必要があるからで、よって誰にでもあてはまる唯一の正解はありません。ここでは2つの考え方をお示しします。

DCでもリタイア時に退職金2000万円を確保したい!その気持ちはわかります。もしDC制度への移行がなければ2000万円得られたはずなので、それを失いたくないという気持ちです。では、2000万円確保を目指すことにしましょう。

ポイントはDC制度移行時の掛金の設定方法にあります。よくあるケースは標準となるケース(勤続年数等)で、資産運用の想定利率を決め、その利率で運用できたら2000万円となる掛金を決めるという方法です。労使合意で決まることが多いですが、この利率が低ければ会社からの掛金は高くなりますし、利率が高ければ掛金は低くなります。ここではその利率を所与のものとして考えましょう。

想定利率が1.5%で35年間を標準の加入年数とします。そうすると2000万円確保するには35年間、年利1.5%以上で運用する必要があります。この低金利下では定期預金などでは実現できませんので、株等のリスク資産を含んだポートフォリオで運用することになります。私が一定の前提で計算したポートフォリオの期待収益率とリスクを利用して考えてみます。

ポートフォリオ T U
期待収益率 1.5% 2.5%
リスク 4.4% 7.1%
株・外国資産の割合 37% 51%

シミュレーションの前提、経過は省きますが、ポートフォリオTの35年間の運用結果および参考値として15年経過時の資産残高の結果は以下のような幅で表すことができます。

【ポートフォリオT(期待収益率1.5%、リスク4.4%)】
運用成果 掛金元本 期待通り 低位5%※ 高位5%
35年後の結果 1,529万円 2,006万円 1,605万円 2,538万円
2000万円との差額 -471万円 +6万円 -395万円 +538万円
(参考)15年経過時の状況 655万円 734万円 637万円 849万円

※低位5%とは、ポートフォリオのリスクに従いばらついた運用結果が100通りあれば悪い方から5番目の結果を示します。

結果は期待通り運用できればほぼ2000万円となりますが、運用リスクにより、運用成果が低位5%の場合ですと、395万円ショートしてしまいます。それでも何も運用しなかった場合、つまり掛金元本額(1529万円)よりは76万円上回る結果となりました。これは運用期間が長期にわたることにより、損失をカバーする収益が発生したことによるものです。参考欄の15年経過時の低位5%の結果637万円は掛金元本655万円とくらべ18万円ショートしているように、短めの運用期間であれば元本を下回るケースが増加します。運用成果高位5%の場合は当然ながら良好な結果で538万円もオーバーすることになります。

結論としては平均的に2000万円確保したいのであれば、この低位5%ぐらいのリスクは許容する必要があるということになります。このリスクが許容できないのであれば、リスクを引き下げる必要がありますが、例えば全く運用しない掛金元本だけの結果では2000万円を大きく下回ることになり、目標に対する損失が確定することを許容するということになります。

同じことをポートフォリオUで行ってみます。

【ポートフォリオU(期待収益率2.5%、リスク7.1%)】
運用成果 掛金元本 期待通り 低位5% 高位5%
35年後の結果 1,529万円 2,429万円 1,678万円 3,619万円
2000万円との差額 -471万円 +429万円 -322万円 +1,619万円
(参考)15年経過時の状況 655万円 793万円 630万円 1,007万円

期待収益率を1%引き上げましたので、期待どおりの運用成果は429万円オーバーとなりかなり嬉しい結果となります。代わりに資産運用リスクは増加しましたので運用成果が低位の場合が気になりますが、低位5%の結果はマイナス322万円でポートフォリオTの低位5%の結果(マイナス395万円)より良い結果となっています。リスクは大きいものの長期運用により、期待収益率1%の差でマイナス分をカバーした結果です。参考までに、15年経過時では掛金元本に対し、25万円ほど割り込んでいます。その差額はポートフォリオTより拡大しています。なお、高位5%の結果は当然ながらプラス1619万円と素晴らしい結果となっています。

この2つの結果を見て分かったことをもう一度整理します。退職金制度からの移行で想定利率が設定されていて、移行額相当は少なくとも欲しい(この場合は2000万円欲しい)のであれば上記のようなリスクを取る必要がある(取らざるを得ない)ということです。また、運用期間が長期になれば、リスクを引上げても運用低位の場合の結果が必ずしも悪化しないということです。反対に、必要とするリスクを取らないということは、目標額未達を積極的に許容するということになります。悩ましいですね。

元本が大きく減少することは許せないという方

とは言え、元本を棄損するリスクについて抵抗感がある方は多いと思います。「わからないものには手をだすな」という教訓があるように、知らず知らずのうちに財産(元本)が目減りすることを避けたいと思う気持ちはわかります。

このような志向の場合は、上述のとおり、目標額未達を許容するということになりますが、そうネガティブに考える必要もないと思います。退職金が2000万円手に入るはずだったと思うので残念と感じるのであって、そもそも確定していた権利でもありませんし、2000万円がなければ生活できないというものでもありません。もし全く運用しなくても、元本の1529万円が手に入ります。全く運用しないのは極端なので、期待収益率を0.5%〜1.0%程度にリスクを抑えた運用もこの範疇に考えられます。このような目標額を持たずに、運用の下方への振れにのみ着目する考え方も尊重すべきかと思います。得られたお金をどのように利用するかは、自由なのです。

ただ、ポートフォリオT・Uのシミュレーションで示したように、運用期間が長期にわたる場合、ある程度運用した方が、運用成果が低位な場合でも全く運用しない結果よりよくなることが十分あり得ますし、元本確保にこだわり過ぎるとインフレに耐えられず、実質価値を落としてしまうことになりますので、この点も踏まえて十分検討した方が良いかと思います。

「わからないものに手を出すな」という教訓は大切ですが、長期・積立・分散の投資の効用についてはぜひとも理解を深めていただければと思う次第です。

次回は、掛金由来B、iDeCo等について考えてみたいと思います。

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