コラムVol.179 マネーライターの取材裏話――マネー誌に書かなかったこと&書けなかったこと ヒートアップした年金改悪報道の「そこじゃない」感

2024年6月10日
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森田 聡子 (もりた としこ)
早稲田大学政治経済学部卒業後、地方紙勤務を経て日経ホーム出版社、日経BPにて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は書籍や雑誌、ウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に対し、難しい投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく「書く」(=ライティング)、「見せる」(=編集)ことをモットーに活動している。著書に『節税のツボとドツボ』(日経BP)、編集協力に『マンガ 定年後入門』(日本経済新聞出版社)、『教科書には書いてない 相続のイロハ』(日経BP)。

2024年に行われる公的年金の「財政検証」とは?

気がつけば、2024年も半分近くが過ぎようとしています。

2024年はNISA(少額投資非課税制度)の大改正をはじめお金回りのイベントが多い年ですが、中でも注目される年中盤のイベントの1つが公的年金制度の「財政検証」ではないでしょうか。財政検証とは年金制度の健康診断のようなもので、5年に1度実施されています。

日本の年金制度は、現役世代の保険料で高齢者の受給を支える「賦課方式」を採用しています。そうした中で、制度を取り巻く環境、たとえば、現役世代の数や高齢化の推移、物価や給料の動向などを把握し、制度が長期にわたって安定的に運用を続けていけるかどうかを定期的に確認しておく必要があります。その役割を担うのが財政検証です。

具体的には、現状を踏まえて将来推計人口や経済の動向についていくつかのシナリオを設定し、シナリオごとに世帯の年金額の「所得代替率」を算出します。所得代替率とは、年金額が現役世代の平均手取り収入の何割程度かを示すもので、国は長期的に所得代替率50%を維持することを目指しています。

国民年金保険料納付期間の5年延長案が総スカン

4月に発表されたこのシナリオ別試算のオプションに「国民年金保険料の納付期間を現状の60歳までから65歳までへと5年間延長する」という項目があったことから、SNSなどで炎上する事態になりました。

月額1万6980円(2024年度)の保険料が5年分だと101万8800円になります。「政治とカネ」の問題がクローズアップされる中、異次元の少子化対策の財源として健康保険料に上乗せして徴収される「こども・子育て支援金」が年収600万円で最大月額1000円(2028年度)に上るという政府の試算が発表されたタイミングでもあり、「何でも国民にだけ負担を強いるのか?」という不満が爆発した格好です。

開催中の国会で納付期間延長の件を追及された岸田首相は、「現時点で何ら決まったものではない」と苦しい答弁をしています。

国民所得に占める税金や社会保険料負担の割合を示す「国民負担率」は、1970年度には24.3%でしたが、2023年度46.8%となる見通しです。所得の約半分を持っていかれてしまうわけで、これは米国や韓国などとくらべても高い水準です。

ただ、この納付期間の5年間延長については、国民負担率の問題とは切り離して考えた方がいいのではないかと筆者は思います。以下にその理由をご説明します。

5年分多く払っても75歳まで生きれば元が取れる?

仮に国民年金の保険料納付期間が5年間延長されたとして、保険料負担が増えるのはどんな人でしょうか?該当するのは60歳以上の国民年金の第1号被保険者ですから、自営業者やフリーランスとその配偶者が中心です。

5年分多く保険料を納めることになるものの、その分、将来の年金額は増えます。どれだけ増えるかは未定ですが、現行制度に60歳時点で納付期間が40年に満たなければ最長65歳まで保険料を納めることができる「任意加入」という制度があり(納付期間が40年になったら終了)、その資料を見ると「5年間で101万8800円を払うと、任意加入による年金の増加額(累計)が70歳時点で約51万円、75歳時点で約102万円、80歳時点で約153万円になる」と書いてあり、これが1つの目安になるでしょう。

男女共に平均寿命まで生きるとすれば十分採算が取れるわけで、60歳以降も現役の自営業者やフリーランスなら「保険料を払っても将来の年金額を増やしたい」というニーズが一定数ありそうです。

では、厚生年金加入者はどうでしょうか。厚生労働省の資料によると、2022年度時点で国民年金の第1号被保険者約1405万人に対し、公務員も加えた厚生年金加入者は約4618万人。人数的にはこちらが圧倒的多数派です。「国民年金の納付期間延長、反対!」の方の多くも、厚生年金加入者なのではないかと推測します。

会社員の方の多くは、定年後も厚生年金に加入して働いています。この場合、満70歳になるまでは保険料を納めることになりますが、保険料のうち国民年金による基礎年金部分は加入40年で“打ち止め”です。こうした働く高齢の厚生年金加入者にとっても、加入期間が45年に延びてその分将来の年金が増やせるのは必ずしも悪い改正ではないように思えます。

加給年金がなくなると何百万円も損する人も

特に年金受給が視野に入っている方にとって、いざ改正となると影響を受けそうな検討項目はむしろ「加給年金」や「遺族年金」の見直しではないでしょうか。

加給年金は年金の家族手当のようなものです。厚生年金に20年以上加入した人が65歳になって自分の年金を受け取り始める時、65歳に満たない配偶者(厚生年金の加入歴が20年未満で年収850万円未満)や18歳になった年度末までの子供(障がい者の場合は20歳未満)がいる人の年金に加算され、配偶者だと特別加算込みで年間40万8100円(2024年度)にもなります。

近年はフルタイムで働く妻が増え、家族手当は要らないだろうという観点から廃止に向けた議論が行われる予定です。とはいえ、年の差婚の妻や、晩婚で義務教育の子どもがいたりすると加給年金の受給総額が数百万円になるケースもあります。加給年金の受給資格を満たす人は、制度がいつ頃からどう変わるのか、注視していきたいところです。

一方の遺族年金は本来、「夫に生計を維持されていた妻に対し、夫亡き後の生活を支えるために支給する年金」という位置づけです。遺族厚生年金の場合、夫の生前の老齢厚生年金の額の4分の3が受け取れます。こちらも女性の社会進出が進む中で見直し論が浮上し、その第一歩として、現状は非課税の遺族年金が課税対象になる可能性が指摘されています。

ただ、折も折、「夫を亡くした高齢妻の貧困」が社会問題化しています。厚生年金加入歴がほとんどなく年金保険料納付期間が短い妻だと、夫の死後、世帯の年金額が激減し、生活の維持が困難になってしまうのです。二人暮らしが一人暮らしになったとしても固定資産税や光熱費といった基本生活費は大きく変わるものではありませんから、その分、自由に使えるお金が減ってしまうというわけです。

自前の老齢厚生年金をもらっている妻でも、遺族年金が課税対象になり、受給した年金額の合計が公的年金等控除の非課税枠を超えて税金を徴収されるようになったり、遺族年金が収入としてカウントされるようになって健康保険料や介護保険料が増えたりしたら、結構な痛手になるかもしれません。

年金制度を“自分ごと”としてとらえ直すチャンス

年金の記事への反響や筆者の周囲との会話などを通じて感じるのが、年金制度への関心の高さとネガティブな思い込みの強さです。

確かに、制度が複雑過ぎて分かりづらいとか、多様化する働き方に対応できていないとか、年金制度が内包する課題は少なくないと思います。しかし、その一方で、現状や改正内容を十分把握しないまま「国民年金保険料納付期間の5年間延長は悪」と決めつけるようなメディアの報道は、制度への目を曇らせ、健全な議論を妨げることにもなりかねません。

大切なのは“一次情報”を確認することです。社会保障審議会年金部会の議論はライブ配信されており、厚生労働省のウェブサイトで会議の資料や、時間差で議事録も見ることができます。興味のあるテーマについては目を通してみてはいかがでしょうか?

前述したシナリオごとの所得代替率は、これまでの財政検証では「モデル年金世帯(平均的な年収を得ながら厚生年金に40年間加入した夫と専業主婦の妻の世帯)」をベースに計算され、専業主婦世帯が縮小する中で現実感に乏しいと批判されてきました。それもあって、今回の財政検証では多様なライフスタイルの世帯の所得代替率が公表される予定です。

2024年財政検証は、年金制度を“自分ごと”としてとらえ直す好機になるかもしれません。

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