02 日清紡ホールディングス

ビジョナリーカンパニーの
精神受け継ぐ
「ESG経営」
責任投資ヘッド・加藤正裕 × 取締役常務執行役員・馬場一訓氏

三菱UFJ信託銀行は、自社でSDGs活動に取り組むだけでなく、機関投資家としての立場から、
国内外の企業さまのSDGsへの取り組みを考慮した責任投資を行っています。
そのリーダーであるアセットマネジメント事業部責任投資推進室の責任投資ヘッド・加藤正裕が、
話題の企業のSDGsご担当役員にお話を聞くスペシャル対談企画「サステナビリティ未来会議」。
第2回のお相手は、「環境・エネルギーカンパニー」グループ・日清紡ホールディングスにおける
SDGs戦略の司令塔、同社取締役常務執行役員の馬場一訓氏です。

三菱UFJ信託銀行 アセットマネジメント事業部
責任投資ヘッド・加藤正裕

慶應義塾大学経済学部卒業後、三菱UFJ信託銀行入社。米国三菱UFJ信託銀行含め、国内外の運用関連部署でアナリスト、ファンドマネージャー業務を担当。2005年から責任投資に従事。国連「責任投資原則」日本ネットワーク共同議長として責任投資の普及・推進に尽力、個人および年金向け責任投資プロダクトの開発、国内外株の議決権行使・エンゲージメント実務にも携わり、近年はグローバルなESG・機関投資家の動向調査等をロンドンで担当。2019年より現職。

日清紡ホールディングス株式会社
取締役常務執行役員・馬場一訓

1983年に同志社大学法学部卒業後、日清紡績(株)(現日清紡ホールディングス(株))に入社。人事本部人事部長兼労政部長などを経て、2009年に執行役員、経営戦略センターコーポレートガバナンス室長、2014年に取締役 執行役員、日清紡テキスタイル(株)代表取締役社長などを歴任し、2019年に取締役 常務執行役員、経営戦略センター長に就任(現職)。

「企業公器」を
根底とする
新しい企業理念
「挑戦と変革。」

加藤 :私は三菱UFJ信託銀行の受託財産の運用部門で、ESG(環境・社会・企業統治)を考慮した責任投資の旗振り役を務めております。株式、債券、不動産、その他の運用資産全てにESGを考慮しようと推進しておりますが、とりわけ株式については、本日のような企業さまとの対話を通して、具体的な取り組みやその進捗状況についてお聞かせいただくことが大変重要と感じています。そこで本日は、運用機関の目線から、いろいろご質問をさせていただけたらと思います。
早速最初のご質問に入りますが、私はこうした席でまず、企業さまのSDGsへの取り組みで目指しているゴールをお伺いすることにしています。一言で言えば、目標とする会社の姿ですね。実際、それを共有することで、「ゴールがここだから、こういう考え方でやっていらっしゃるんだな」と理解が深まることも多いのです。

馬場 :なるほど。当グループの中には多様な業態の企業があり、各社で固有の理念を持っておりますが、日清紡グループ全体として「挑戦と変革。地球と人びとの未来を創る。」という企業理念があります。もともとは「企業公器」「至誠一貫」「未来共創」の3つで展開してきたのですが、近年は外国籍の従業員が増え、なかなか理解されづらくなっていました。そこで、グローバルに私たちの理念をしっかりと浸透させるために、従業員の意見も聞きながら、2019年に「挑戦と変革。」に変えたのです。とはいえ、「挑戦と変革。」の中には本来の「企業公器」の理念が根底に流れています。また、「企業の本質は人間集団であり、人間社会が直面する課題にソリューションを提供する」という私たちの企業活動はESGのEとSに通じるもので、それに向けた事業基盤を整えるためにGにも積極的に取り組んできました。
こうしたESG経営における私たちの取り組みの重点課題(マテリアリティ)が、「環境・エネルギー分野の貢献」、「安全・安心な社会づくり」、そして「グローバル・コンプライアンス」です。ESG経営を通じて地球環境を保護して持続可能な社会をつくっていく。ここが目指すゴールとして非常に重要な部分と考えています。人々が安全・安心に暮らすことができ、誰ひとり取り残さない社会にしていかないといけない。そのためには原材料の調達から、グローバル・コンプライアンスまで、しっかりやっていく必要があります。

加藤:馬場さんのお言葉の中に「ESG経営」という言葉が出てきましたが、御社の「ESG経営」とは、具体的にどういうものなのでしょうか?近年、「ESG」という言葉は様々なところで見聞きするようになってきましたが、その使い方や意味するところは、その時々、使われる方々などによって違いを感じることがあり、改めてお伺いさせて頂きました。

馬場:当社は2006年に「環境・エネルギーカンパニー」を目指していこうとグループが進むべき方向性を定めました。その実現のため事業ポートフォリオを変革していく中で、私たちは多様なビジネスをステークホルダーの皆さまに分かりやすいように、大きく1.モビリティ、2.インフラストラクチャー&セーフティー、3.ライフ&ヘルスケアの3つの分野にくくり直したのです。私たちはこの3つを「戦略的事業領域」と呼んでいますが、要は事業そのものがESGに関連するものであり、企業活動自体がESGだということ。先ほどのESG経営は、そういう意味です。

真のイノベーションに
欠かせない
ダイバーシティ&インクルージョン

加藤:御社の村上雅洋社長のメッセージにも「人類最大かつ最優先で解決を図るべき社会課題は環境問題です」とありました。ESGの中でもEに注力していこうということですね。

馬場 :はい、それが一番です。同時に、SDGsの目標「誰ひとり取り残さない」、つまり人権尊重も非常に重要な課題であると認識しています。私たちが多様な事業を展開する中で感じているのが、「真のイノベーションは多様性の中から生まれてくる」ということです。事業の体制だけでなく、女性従業員や外国籍従業員など人としての多様性を認めていかないと、事業の持続的な発展など望めません。ですから、ダイバーシティ&インクルージョンも昨今、力を入れている分野です。
とはいえ、ダイバーシティは何となくイメージが湧くでしょうが、インクルージョンと言われてもなかなかピンときませんよね。そこで社長の村上の言葉で実に的を射ていると思ったのが、「自分たちが多様な人財を受け入れるというものの考え方でなく、自分も多様な人財のひとりなんだという認識を持ってください」というものです。
もう1つ、私たちは、最近関心を集めている「心理的安全性」というキーワードを使っているのですが、周囲に過度に気兼ねして発言できなくなるような組織でなく、一定の配慮はしつつ、自由にやりたいことができる環境にしていくことが大切だと考えています。

加藤:「自分も多様な人財のひとり」という認識、おっしゃる通りですね。多様化のお話をいただきましたが、M&Aなどを数多く手掛けてこられた中で、多様化したグループ企業や人財を実際の事業でどう生かそうとされているのかも気になります。そこで、次は、事業を通じて具体的にどんな取り組みをされていて、その中でどんなご苦労やベストプラクティスがあったのかをお聞かせください。

馬場 :私たちが事業を通して目指そうとしているものの一つが「超スマート社会」です。ものづくり企業として、誰がいつ、どこにいても、しっかりした安全・安心をお届けできる製品やサービスをご提供したいと考えています。
場所を選ばないという観点から有望なのが、無線・通信事業とマイクロデバイス事業です。
無線・通信事業では、日本無線(株)を軸に「5G」で広がるビジネスチャンスの獲得を目指しています。自動車の自動運転、船舶の自動航行、素早く災害を予測する防災システム、さらに医療用のハンディー超音波診断装置など、先の3つの戦略的事業領域それぞれで事業機会が拡大しています。
マイクロデバイス事業ではアナログ半導体を手掛けており、新日本無線(株)とリコー電子デバイス(株)が今年1月に統合し、日清紡マイクロデバイス(株)としてスタートしたところです。アナログ半導体とは、音や光・温度などに感度のあるセンサーからのアナログ信号を増幅したり、デジタル信号へ変換したり、逆にデジタル信号をアナログ信号に変換するデバイスです。私どもは「信号処理IC(集積回路)」と「電源IC」を得意としており、相互補完的な発展を期待しています。
また、脱炭素の観点で、近未来の水素社会に貢献できそうなのが、化学品事業で手掛ける燃料電池用の基幹部品であるセパレータです。世の中に出回っているセパレータの大半はメタル製ですが、私たちのセパレータはカーボンを独自技術により成形しています。耐久性の良さなどカーボンの特性が評価され、主としてトラックやバスなど大型車両の燃料電池に採用されつつあります。
これらの無線・通信技術やアナログ半導体、カーボンセパレータ、さらにブレーキなどの技術を融合しながら、モビリティの分野でエネルギー消費量の減少やセーフティー機能の向上、相互接続性などを実現していけたらと考えています。

社長が1つ1つの
事業所を回って
従業員と直接対話

加藤:ありがとうございます。まさに事業を通じてESG経営を実践されている様子がよく分かりました。一方で、今回のコロナ禍もそうですが、これだけ変化の激しい世の中でもあり、いつ、何が起こるか分からないという不確実性があります。御社がどうやってこの状況を乗り越えていくのかを考える時、企業が目指す姿がどの程度従業員の方々に浸透しているかということが1つの鍵になるかと思います。個々の従業員が目指す姿を理解していれば、1件1件、上席に確認しなくても迅速に同様の判断ができるように考えるからです。多様なバックグラウンドを持つ従業員がいらっしゃる中で、御社ではいかにして企業理念や経営戦略を浸透させてきたのでしょうか?

馬場 :当社のルーツとなる日清紡績株式会社は、ビジョナリー(理念)経営を非常に大切にする企業でした。社内教育においても、この理念教育を徹底的に積み上げてきました。教えるのは上司です。人に教えようとすると教わる人の何倍も予習をしなければなりませんから、実はこの体制は非常に良いサイクルを生み出していたと思います。
企業理念とは、言葉を変えれば何のために自分たちの会社が存在するのかということです。これを失ったら、会社の存在価値はありません。ですから日清紡では「大きな意思決定をする時に判断に迷ったら、拠りどころにすべきなのが企業理念だ」という教育をずっとしてきました。その根っこにあったのが先の「企業公器」の精神です。
「どうやって浸透させるか」という課題に対しては、地道な作業ですが、とにかくしつこくやり続けるしかありません。私が長を務める経営戦略センターのテーマには今も毎年のように「企業理念の浸透」が入ってきます。これは海外も同様で、コロナ禍の前ですが私も当時日清紡テキスタイルの社長として中国やインドネシアを回って、企業理念の説明を行いました。

加藤:なるほど。日本だけでなく、海外でも同様に、全社で企業理念を浸透する取り組みを繰り返していらっしゃることがよく分かりました。

馬場 :最近の流れで言いますと、今、社長の村上が国内外の事業所の従業員との対話を行っています。対面だけでなくオンライン形式を交え、1セット1時間ほどの対話ですが、かれこれ、もう100回以上になるかと思います。最初に社長が自分の考えや経営方針、従業員に期待することなど話をして、従業員には自由に発言してもらうというスタイルです。社長の話は非常に分かりやすくて、従業員に受け入れられているようです。こうした地道な活動も重要だと思いますね。
同時に、ラーニング・マネージメント・システムも導入して、従業員が好きな時に好きな時間だけe-ラーニングができるようにしています。あとから日清紡グループに加わった企業には当然その企業のもともとのオリジナルカラーがありますから、それを大切にしつつ、グループとしての価値観を共有してもらう必要があり丁寧な取り組みが求められます。

加藤:大きなグループだけに、ご苦労も多そうですね。それに対して、従業員の方々の反応はいかがでしょうか?

馬場 :当社では従業員に対して「従業員サーベイ」を実施しており、この結果を見ると、定量的なところでは個々の従業員のものの考え方や方向性に当社の企業理念がだいぶ浸透してきた印象です。半面、まだまだという部分もあります。
例えば、当社には多様な事業があってグループ内の協業体制を強みにしているのですが、従業員からすると「方向性は分かるけれど、具体的にどうしたいの? 私たちのリソースをどう使うの?」という思いがあるようです。
ただ、そうした声に対しても丁寧にフィードバックしていかないと、指摘したのに何も変わらなければ「言っても無駄」と何も言わなくなりますからね。こうした従業員の反応を、定量・定性的に見ていくことは大事だと思っています。

グループとしての
持続的成長を目指し
収益との両立図る

加藤 :ありがとうございます。実は最近、企業さまに対して、このような、社内の実態を問うご質問を差し上げることが多いのです。と申しますのも、実際に社内でどんな運営をされているのかは統合報告書のようなリポートではなかなか分からないからです。本日も、上司が教える仕組みを作られていたとか、従業員サーベイで個々人の声に耳を傾けながら取り組まれているといったお話を伺って、なるほどと思いました。そういった仕組みをつくって運営されている。これは非常に重要なポイントだと思います。
さて、ここまでは従業員の方中心にお話を伺いましたが、私たち投資家や株主さま、お取引先企業さまも含め、ステークホルダーとどのように御社の企業理念や強みの相互理解を深めていらっしゃるのかについてもお尋ねしたいですね。

馬場 :私たちのグループに日清紡ブレーキという企業があり、10年以上前からブレーキの摩擦材から環境サイクルに負の影響をもたらす物質を取り除く研究を行ってきました。そしてついに難易度の高い「銅フリー」の摩擦材を開発したわけですが、これを他社さまに先駆けて市場投入するには、それこそ資材調達先のお取引企業さまから始まって、メーカーさま、消費者の皆さまへと私たちの思いをしっかり伝えていく必要がありました。
一方で、日清紡ブレーキは大手自動車メーカーさまのサプライチェーンの一部でもありますから、最低でも調達先のサプライチェーンに対しては私たちがガバナンスを効かせる必要があります。現状正しい調達ができているという自負がありますが、現実問題、今はそうした私たちの姿勢を自動車メーカーさまと共有できないと、この先使っていただけなくなります。

加藤:御社の思いを伝え、研究成果を市場投入に結びつけられたという事実は、SDGsの取り組みへの理解が進んだ証左という見方もできますね。さて、いろいろなお話を伺ってきましたが、最後に、現状の取り組みに対する御社内での総括的な評価をお伺いできたらと思います。

馬場:地球環境や人権尊重という課題に対し、当社としてはその都度しっかり対応してきたつもりですが、状況の変化もあり、まだ道半ばといったところです。それをお客さま、従業員、私たち経営陣の目で常に振り返りながら進んでいるというのが現状です。ですから、加藤さんのご質問に即答するのは難しいのですが、確実に言えるのは、「企業公器」とともに企業理念の根底にある「至誠一貫」の言葉通り、愚直に取り組む姿勢を多くのお客さまから評価いただいていることです。これは、私たちの強みの1つです。一方で、私たちの立場からすれば、持続的な事業成長を実現できるような形にしていく必要があります。要は、事業の成果が業績に反映されるようにならないといけない。2020年から2年間、私たちは「営業キャッシュ・フローの創出」を単年のテーマに掲げてきましたが、2022年のテーマは「事業変革による収益体質の強化」です。これがないとサステナブルな経営にはなっていかないわけで、今の当社の大きな課題と言えますね。

加藤:ありがとうございます。お話を伺って、御社が人一倍ESG経営に力を入れていらっしゃることを強く感じた次第です。総括の中で「見直しながら進めていく」とおっしゃっていましたが、それは私ども運用機関も一緒です。いかにESGを考慮したより良い運用にできるか。その思いを日々巡らせながら、国内外にアンテナを立て、私たちは弊社の目指す姿である「安心・豊かな社会」の実現に貢献していけるように頑張っていきます。今後もぜひこのような情報交換、ご意見を頂戴する機会をお願い出来れば幸いです。

聞き手/執筆 森田 聡子(ライター)

2021年12月17日現在