03 マルハニチロ株式会社

「サステナビリティと経営の統合」を目指す
総合食品企業/水産業のパイオニア
責任投資ヘッド・加藤正裕 × 常務執行役員・坂本透氏

三菱UFJ信託銀行は、自社でSDGs活動に取り組むだけでなく、機関投資家としての立場から、
国内外の企業さまのSDGsへの取り組みを考慮した責任投資を行っています。
そのリーダーであるアセットマネジメント事業部責任投資推進室の加藤正裕・責任投資ヘッドが、
話題の企業のSDGsご担当役員にお話を聞くスペシャル対談企画「サステナビリティ未来会議」。
第3回は、2022年度からの新中期経営計画始動に合わせてマテリアリティ(重要課題)の
抜本的な見直しを行ったマルハニチロ株式会社の常務執行役員、坂本透氏にお話を伺いました。

三菱UFJ信託銀行 アセットマネジメント事業部
責任投資ヘッド・加藤正裕

慶應義塾大学経済学部卒業後、三菱UFJ信託銀行入社。米国三菱UFJ信託銀行含め、国内外の運用関連部署でアナリスト、ファンドマネージャー業務を担当。2005年から責任投資に従事。国連「責任投資原則」日本ネットワーク共同議長として責任投資の普及・推進に尽力、個人および年金向け責任投資プロダクトの開発、国内外株の議決権行使・エンゲージメント実務にも携わり、近年はグローバルなESG・機関投資家の動向調査等をロンドンで担当。2019年より現職。

マルハニチロ株式会社
常務執行役員・坂本透氏

1983年九州大学法学部卒業後、大洋漁業株式会社(現マルハニチロ株式会社)入社。2007年10月のマルハとニチロの経営統合後の2008年4月の事業会社再編で、マルハニチロホールディングス経営管理部部長役、以来、財務、広報IR、経営企画部を歴任し、2021年4月より現職。

「世界一の水産会社」に息づく
140年前の創業精神

加藤:御社の「統合報告書(※1)」を拝見しましたが、実にいろいろな取り組みをなさっているのですね。海をルーツとする水産業のパイオニア企業だからこそ、報告書の中で書いていらした「企業の持続的成長は、地球環境や社会との共存なしには実現しえません。」という言葉には説得力があります。
昨年来、自然資本や生物多様性への投資家の関心が世界中で急速に高まっています。その一つのきっかけがTNFD(※2)の発足です。当社もTNFDのメンバーであり、生物多様性の重要性を強く認識しており、本日のお話を通してより一層理解を深められたらと思っています。
そこで最初にお伺いしたいのが、御社がSDGs活動を通して目標とする会社の姿です。そこに至るまでに社内でどんな議論があったかなど、統合報告書の行間に込められた思いも含めてお話しください。

※1 企業が株主や取引先などのステークホルダーに対して、経営実態や持続的な成長・中長期的な価値創造への取り組みなどを紹介する冊子。財務情報と非財務情報から構成される
※2 自然関連財務情報開示タスクフォース、金融機関や企業に対して自然資本や生物多様性の観点からの事業機会とリスクの情報開示を求める国際的なイニシアチブのこと

坂本:当社は1880年創業ですので、140年以上、海洋資源を中心とした自然の営みを利用したビジネスに携わってきました。当社の存在意義(パーパス)は、「私たちは誠実を旨とし、本物・安心・健康な『食』の提供を通じて、人々の豊かなくらしとしあわせに貢献します。」というグループ理念に凝縮されており、これをいかに実現していくかに尽きます。よく「世界一の水産会社」と言っていただきますが、それは売上高の話。真の意味で世界一の水産会社たるには、ガバナンスの確固とした土台を築いた上で、企業活動によって「経済価値」を最大化しながら、同時に「社会価値」や「環境価値」も持続的に向上させていく必要があります。それが目指す会社の姿です。少々話が大きくなりますが、当社は事業活動を通じて地球やそこに生きる人々の暮らし、社会を持続可能なものにしていくお手伝いができる立場にあるわけで、それこそが当社の使命でもあります。

加藤:なるほど。経済価値と同時に社会価値や環境価値も実現していく。それこそまさに、「サステナビリティ経営」だなと思いながらお話をお伺いしていました。

坂本:当社には昭和30年代からの社訓が5つあり、その1つが「奉仕と献身により自ら利をなす」というものです。奉仕と献身に重きを置く創業者の思いが、今の世代にも脈々と受け継がれているように思います。創業者が残した言葉の中にも興味深いものがたくさんあります。例えば、「嵐に向かって錨を巻け」。当社は第2次世界大戦終戦時に船舶など国内外の財産を全て失いました。それでも戦後の食糧難の中でいち早く漁船を建造して遠洋漁業に乗り出したのです。まさに、「嵐に向かって錨を巻け」の精神が息づいていたのでしょうね。そうした先人の思いをきちんと受け継ぎ、それを時代に合った形に変えながら次の世代につないでいくことが重要だと考えています。

「インナーブランディング」で
従業員の気づきを促す

加藤:140年余りの歴史の中で、嵐の時代も乗り越えてこられたわけですね。社訓、そして創業者の言葉、坂本さんはこれらを「受け継ぎ、変えながら次の世代につなぐ」とお話しされました。私たち投資家からすると、世代を超えて受け継ぐことが出来た理由や、どうやって受け継いでいるのかといった、「WHY」や「HOW」の部分も気になります。そこには御社の企業文化やバトンをつなぐ仕組みがあって、創業精神を継承しながら時代にマッチする形で変化させ、現在のパーパスや理念につなげていらしたのかなと思うわけです。その理念をいかにして社内に浸透させ、全社一丸となって取り組む体制を構築されているのでしょうか? 経営陣と事業部門の方々がどのように連携して同じ理念に向かって取り組んでいるのか、お聞かせください。

坂本:当社の場合、事業としては水産物があれば畜産物や加工食品もあり、冷凍倉庫も運営しています。国内事業もあれば海外事業もあり、チャネルも業務用、市販用があるなど、同じ「食」を扱うとはいえ事業の間口が非常に広いのです。異なる事業体で異なる事業に携わる従業員が同じ目的を持って一緒に戦っていく態勢をつくり、一方で彼らからも提案をもらう。そのようなことを循環してやっていく仕組みを構築するのは一朝一夕では難しい。社長が地方の営業所に行って直接従業員とやり取りする場を設けるのは物理的にもハードルが高い。そこに来て、このコロナ禍です。ここ2年ほどはウェブでオンラインミーティングを実施するなど、多様な媒体を通じて経営トップの意向を伝える機会が増えました。こうした試みは従業員からも高い評価を得ています。

加藤:コロナ禍という難局においても、その外部環境の変化に合せた形で経営トップの意向を伝え、従業員から提案をもらう仕組みを進めていらっしゃるのですね。

坂本:従業員に対してはトップメッセージをしっかり伝える一方で、従業員同士の横のつながりを広げることも重要と考え、インナーブランディングにも力を入れています。要は、従業員が当社のブランドをどう捉え、それに対して自発的にどんな取り組みをしていくかです。昨年行ったブランディング活動は「もらいあいマーケット」と言いまして、各部署で生じる食品廃棄を全社的に見える化し、例えば商談用のサンプルの残余分などを、専用カウンターを設けて従業員が持ち帰れる仕組みをつくりました。この活動で従業員が低温保存品を持ち帰りやすいよう、廃棄漁網などの海洋プラスチックごみのリサイクル素材を使ったエコバッグもつくりました。

加藤:「もらいあいマーケット」は、従業員の方々に対して「こうした取り組みは“自分事”なんだよ」という気づきを与える素晴らしい事例かと思います。そのような仕組みと機会をいかにつくるかが重要ですね。御社はそうしたインナーブランディングの強化によって、冒頭にお話しいただいた社訓や創業精神をじわじわと浸透させていらっしゃるのだなということがイメージできました。
そうした中で少し視点を変えて、実際に理念を実行していく段階で理想と現実の相違というか、困難が生じることもあるかと思います。そうした課題と、その解決に向けて行っていることなどについてお話しいただけたらと思います。

持続可能な
資源管理に尽力し
「海の豊かさ」を守りたい

坂本:企業として経済価値の向上を目指す際、短期的には社会価値や環境価値の向上との間で二律背反が起きることがあります。例えば、「環境配慮のために高い電力を買いましょう」という方向に舵を切ると、コスト負担が一気に増えてしまうとか。長期的にはこうした二律背反を極力抑制しながら、むしろ相乗効果を生むような仕組みに変えていく必要がありますが、一筋縄ではいかないと思います。
2021年度までの中期経営計画は最初に経済価値ありきで作成し、それがほぼ固まった段階で社会価値や環境価値の「サステナビリティ中長期経営計画」をつくって同時に発表しました。しかし、今年度からの新中計は1年以上前から3つの価値について同時に検討を始め、それぞれのKGI(重要目標達成指標)やKPI(重要業績評価指標)も同じテーブルで議論するという取り組みを初めて行いました。
新しい中計ではマテリアリティ(重要課題)も刷新しています。見直しに際しては従業員や有識者の方々からアンケートを取りました。投資家の方の意見も伺おうと、社長との面談をお願いしました。そうしたプロセスを経て、何百という候補リストの中から選んだのが、環境価値の分野で「気候変動」「生物多様性」「循環型社会」「海洋プラスチック」、そして社会価値の分野で「安全・安心な食の提供」「健康価値の創造」「人権」「多様性」「持続可能なサプライチェーン」という計9つのマテリアリティです。

加藤:中計策定のプロセスも大きく変更されたわけですね。そうした中で新しいマテリアリティにも言及していただきましたが、ここでお伺いしたいのが、9つの中でも優先順位の高いものがあるのかどうかということです。御社が特に注力されているテーマや活動がありましたら、お教えください。

坂本:難しいご質問ですね(笑)。当社にとっては9つのマテリアリティ1つ1つが大切です。ただ、水産会社である以上、SDGsの17の目標の14番目「海の豊かさを守ろう」はきちんと進めていかなければならない領域であると考えています。
世界的に見ると、動物性たんぱく質の16%が水産物から摂取されています。水産資源の1人当たりの年間消費量は2018年には50年前の約2倍の20.5kgに拡大しました。一方で世界の人口も増えていますから、1950年には2000万トンだった水産物の生産量が2018年には1億7900万トンに達し、2030年には2億トンを超えると予想されています。技術的な進歩もあって世界中で大量漁獲が行われるようになり、結果として、漁業資源の34.2%が生物学的に持続可能な水準ではなくなっていると言われています。

加藤:生物多様性の問題は、森林、大気、海洋など、その1つ1つがとても大きな問題であると共に、とても幅広い領域に及ぶ問題でもあるため、具体的に何をどのように取り組み、問題の解決に貢献していくか、投資家としてのより良い貢献のあり方の検討を重ねているところですが、データを交えて教えて頂くことで、理解がとても深まります。

坂本:当社では昨年初めて自社グループで扱う水産資源の調査を実施しました。原料ベースで176万トン(全世界の漁業養殖生産量の0.8%)を扱っており、80%の141万トンは天然の水産物です。そのうち75%(106万トン)は国際的な認証取得水産物など「資源状態に心配なし」と認められたものでした。残りの25%のうち18%はデータが不足しているもの、そして資源状態に心配があるものも7%(10万トン)ありました。アフリカ沖で漁獲されるマダコ、太平洋や日本海で獲れるマサバなどです。こうした「心配あり」の部分に民間企業としてどういう取り組みができるのか。調査に加えて、サステナブルな水産資源へのアクセスを強化していく必要があります。
地球上の海はつながっているので、水産資源は国際管理が重要となり、そのためには科学的なアプローチが必要になります。当社は、世界の大手水産企業10社と、海洋・漁業・持続可能性を研究する科学者らが参加する国際プラットフォームである「SeaBOS(シーボス)」の会員です。水産資源は今、危機的な状況にあり、それを改善するためには皆でどういうことを考え、どう取り組んでいけばいいのか。そうした情報発信を積極的に行っていくのも当社の責任と考えています。

「バリューチェーン」は
お客さま目線で
常に変化させていく

加藤:なるほど。水産資源の調査のお話からは、海の豊かさを守ることがSDGs的な視点で重要であるだけでなく、海を資源としてビジネスを行う御社の経済価値の向上につながる、真にマテリアルな課題であると理解しました。投資家目線では、まさにこうしたSDGs的な視点と経済価値の考え方をしっかり発信することが責任投資の普及につながっていきます。投資家をはじめ取引先、消費者などのステークホルダーとの相互理解を深めるためには、どのような情報発信などをなさっているのでしょうか?

坂本:第一に、企業価値の向上こそがステークホルダーの皆さまのご期待に応えることと考えています。投資家の皆さまとは「対話」を重視し、IR活動の中で1on1ミーティングを積極的に行ってきましたが、ここ数年はESG(環境・社会・企業統治)に関するご質問やご意見が増えています。
また、当社の事業にとってはサプライチェーンが大変重要ですので、その構築に一体になって取り組む取引先さまとは、今後も積極的に意見交換の場を設けていく所存です。地域の皆さまに対しても、出張授業などをさせていただいています。当社としては、あらゆる機会を捉えて当社の取り組みをご紹介したり皆さまのお話を伺ったりしながら、一緒になってサステナブルな環境づくりに取り組んでいきたい。それには、「耳を傾ける姿勢」が非常に重要かと思います。

加藤:今のお話の中でサプライチェーンマネジメントが大変重要とおっしゃっていましたが、統合報告書の中でも「バリューチェーンが強み」と繰り返し書かれています。バリューチェーンは生物多様性の見地からも重要かと思います。そうした御社の強みを今後どのような形で生かしていきたいとお考えになっているのか、また、これまでいろいろお話を伺ってきましたが、ご担当役員として、そうした取り組みをどう評価されているのかをお聞かせください。

坂本:バリューチェーンは当社の最大の強みである一方、それが完成されたものかと言うとまだまだ道半ばの部分が多いように感じています。こと水産物に関しては川上から川下まですべてのステージで事業を展開しているわけですから、そこをお客さま目線に置き換えながら、お客さまのお役に立てていただけるよう常に見直しを図りつつ、足りない部分は補強しながらやっていくつもりです。継続するためには、絶えず変えていくことが重要だと考えています。

加藤:貴重なお話をありがとうございます。対談の冒頭で、御社の取り組みの「WHY」や「HOW」の部分をお聞かせいただきたいと申しましたが、まさにそうした部分を詳しくお話しいただき、御社のSDGs活動と経済価値へのつながりへの理解が深まりました。本日の対談にあたり、事前に統合報告書を拝見しましたが、報告書に書かれていない理由や仕組み、実際の様々な取り組みも教えていただき、社外からはなかなか見えない社内の様子への理解がとても深まったと感じています。今後も継続してこのような機会をお願いできると幸いです。

聞き手/執筆 森田 聡子(ライター)

2022年3月17日現在