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サステナビリティ未来会議

SUSTAINABLE FUTURE DIALOGUE

SUSTAINABLE
FUTURE
DIALOGUE

07

創業90周年の
「永遠のベンチャー企業」は
新長期ビジョンで新たな変革に挑む

オムロン株式会社
責任投資ヘッド・加藤正裕 × 執行役員・井垣勉氏

三菱UFJ信託銀行は、自社でSDGs活動に取り組むだけでなく、機関投資家としての立場から、
国内外の企業さまのSDGsへの取り組みを考慮した責任投資を行っています。
そのリーダーであるアセットマネジメント事業部責任投資推進室の加藤正裕・責任投資ヘッドが、
話題の企業のSDGsご担当役員にお話を聞くスペシャル対談企画「サステナビリティ未来会議」。
第7回は、さらなる進化を目指し、初めて財務戦略と非財務戦略とを統合した新長期ビジョン
「Shaping the Future(SF) 2030」がスタートしたオムロンの執行役員、
グローバルインベスター&ブランドコミュニケーション本部長兼サステナビリティ推進担当、
井垣 勉氏にお話を伺いました。

オムロン株式会社 執行役員
グローバルインベスター&
ブランドコミュニケーション本部長
兼サステナビリティ推進担当
井垣 勉氏

早稲田大学商学部卒業後、マツダ株式会社に入社。その後、外資系コンサルティング会社や消費財メーカーなどでマーケティングやコーポレート・コミュニケーションの要職を歴任。2013年 オムロン株式会社にコーポレート・コミュニケーション部長として入社。2017年執行役員 グローバルインベスター&ブランドコミュニケーション本部長に就任。オムロングループのブランド戦略、広報、渉外、IR、SRを統括。2021年よりサステナビリティ推進担当役員を兼務。社外でも、広報関連学会・団体の理事等を担う他、経済産業省や内閣官房の委員も歴任。

時代ごとに
社会的課題の解決を図る事業を
展開しながら成長

加藤 加藤

御社の統合レポートを大変興味深く拝見し、本日の対談を非常に楽しみにしておりました。レポートの山田義仁社長のインタビューにもありましたが、2021年度は前長期ビジョン(「Value Generation(VG) 2020」)の10年間で培ってこられた変化対応力や人財層の厚みなどが着実に好業績につながっているという手応えを感じられた充実の1年だったそうですね。御社の場合は、しっかりとした企業理念経営が基盤としてあって、その上に、前の10年、さらには次の10年がプラスされていっているという印象を持ちました。そこでまずは、そうした御社の企業理念経営や、2022年度からスタートした新長期ビジョン「Shaping the Future(SF) 2030」などを通して、御社が想定していらっしゃる「目指すべき会社の姿」からお伺いできたらと思います。

井垣 井垣

当社には、創業者の故・立石一真の時代からずっと受け継がれてきた「目指すべき会社の姿」があります。当社独自のコア技術を用い、世間に先駆け社会的課題を解決していくことで会社自体も成長するというものです。社会的課題に挑み続ける会社の姿を、立石は生前「永遠のベンチャー企業」と呼んでいました。当社が「永遠のベンチャー企業」であり続けるための経営のスタイルとして、企業理念経営を標榜してきたわけです。当社は今年創業90周年を迎えます。

ユニークなのは、創業時から事業ドメイン(コアとなる事業領域)を限定していないことです。現場の知見に基づいて人やモノから必要な情報を収集する「センシング」技術と、その情報を元に現場に適切なソリューションをもたらす「コントロール」技術、これらをアルゴリズム(特定の問題を解いたり、課題を解決するための手順)で1つのパッケージにしてアプリケーションを生み出し、それによって社会的課題を解決するというビジネススタイルを創業時から守り続けてきました。例えば、工場の製造ラインに当社の技術を応用するとファクトリーオートメーション(FA)の制御機器事業になり、人体に応用するとヘルスケア事業になるといった具合で、その時々の社会的課題を解決する形でさまざまな新しいイノベーションに挑んできたわけです。

現在、当社には4つの主力事業があり、その下に約60のストラテジックビジネスユニット(戦略的事業単位、以下「SBU」)が存在します。当社ではこの60のSBUのラインで事業の健全性を図っており、その意味では、60のベンチャービジネスの集合体とも言えます。

加藤 加藤

確かに、実にユニークな企業の在り方ですね。創業者の「永遠のベンチャー企業たれ」という理念をどのような仕組みで実現してこられたのかも、お聞かせください。山田社長もインタビューの中で、「社員のやりがいと会社の成長を結び付けるグッドサイクルを回すこと、一人ひとりが能力を存分に発揮できる仕組みをつくり上げること、これが経営チームに課された重要な役割」とお話しになっていました。

井垣 井垣

当社では「技術経営」と「ROIC(投下資本利益率)経営」という2つの仕組が企業理念経営を支える形で、企業理念を実践しながら成長していくという経営のスタイルを実現しています。技術経営とは、創業者が1970年に構築した「サイニック(SINIC)理論(科学・技術・社会の相互関係から未来を予測する)」をベースに、10年以上先の未来シナリオからのバックキャストで現時点では顕在化していない事業機会を捉え、新たなイノベーションにつながる研究開発や技術革新に取り組んでいこうというものです。もう1つのROIC経営とは、ROICという物差しを使って、先の技術経営で生み出した新規事業を将来性と収益性を中長期視点で評価するとともに、既存事業の新陳代謝を促していくことで、企業としての健全性を担保していくことを意味します。この2つのコンセプトで企業理念を着実に実践する経営システムをつくり上げたのがこの10年間の成果であり、システムをしっかりビルトインし、実際に現場で回せるところまで落とし込んだことが大きいと考えています。

※バックに映るのは、オムロンが2013年から開発を重ねてきた卓球ロボット「フォルフェウス」。機械が人の創造性や可能性を引き出す「融和」の世界を体現した、オムロンのコア技術の象徴。

「技術経営」「ROIC経営」の両立で骨太な成長を実現

加藤 加藤

「永遠のベンチャー企業」であり続けるために技術経営とROIC経営を両立してこられたわけですね。そして、企業理念を着実に実践する経営システムをつくり上げ、前の10年間で骨太な成長を遂げ、それを今後10年でさらに確実なものにしていきたい、と。過去から未来へのストーリーがつながり、御社の現在地が大変よく理解できた次第です。そうした中でスタートしたのが新長期ビジョン「SF2030」ですね。

井垣 井垣

はい。私たちが現状唯一まだ獲得できていないと考えているのが「景気の変動を乗り越えて自走的に成長を持続する力」で、そこに至る道筋を描いたのが「SF2030」です。次の10年、当社は原点に立ち返り企業理念の実践を通じた企業価値の向上をテーマに掲げています。社会的課題の解決を通して成長していく企業体、それを実現する10年にしよう、というストーリーです。

加藤 加藤

なるほど。そうした視点から「SF2030」を拝見すると、初めてサステナビリティ重要課題を設定されたり、新たに「オムロン環境方針」や「オムロン人権方針」を策定することで従業員の方々に改めて会社としての方向性を示されたり、さらには従業員にも業績連動型株式付与制度を取り入れたりと意欲的な試みが目を引きます。まさに御社が目指す姿に向けて、それぞれの領域や従業員の方々の目線から、どうすればより確実に改革を進めていけるのかという仕組みを次々と導入されている印象です。そこでお伺いしたいのが、なぜ今、こうした施策を始められたのかということです。私たち投資家からすると、経営の本気度であるとか、これら試みが社内でどういう受け止め方をされているかといったところも大変気になります。

井垣 井垣

前中期経営計画の策定時(2017年)は当社の中でSDGsへの取り組みが始まったばかりということもあり、投資家さまや外部のステークホルダーの皆さまとの対話を続けながら、どうしたら財務(業績などの経済価値)と非財務(環境・社会問題などの社会価値)の両方を同時に成立させる統合思考で成長戦略の中に織り込めるのか、試行しながらも能動的に考えていきました。

この経験と学びを踏まえる形で、今回長期ビジョンとしては初めて、事業戦略とサステナビリティ戦略とを統合するに至ったわけです。さらに、これを全社で推進していくためには、従業員にも外部のステークホルダーの皆さまと同じ目線から会社の業績やその他のパフォーマンスを理解してもらう必要があると考え、国内の全社員、海外の全マネージャーに対して中計業績に連動した株式報酬制度の導入を決めました。

「SF2030」を通して当社の企業理念をいかに事業戦略の中に取り込むかを示すと同時に、従業員に日々の仕事の中での取り組みを“自分事”として捉えてもらうためにさまざまな制度を実施した格好です。

加藤 加藤

そういうことなのですね。ここまでは御社の企業理念経営をいかに実現していくかという視点から仕組みや具体的な施策などを中心にお話しいただきましたが、そうした仕組みを通して従業員の方の働き方がどう変わってきたのかについてもぜひ、お伺いできたらと思います。と申しますのも、統合レポートの中で宮田喜一郎専務(最高技術責任者)が「イノベーションを生み出すプロセスが、その主役となる人財によって力強く回り出した手応えを感じています。」とおっしゃっていて、仕組みの下で従業員の方々の働き方も大きく変わっているのではないかと推測するからです。具体的にどのような変化があったのか、考え方とか、動き方とか、可能であれば過去10年と現在とを比較した上で教えていただけると助かります。

表彰制度「TOGA」などで企業理念を従業員の“自分事”に

井垣 井垣

私自身、オムロンに入社してちょうど10年になりますが、入社当時と今とを比べると、おっしゃる通り、働き方は大きく変わりました。変化のドライバーとなったのは企業理念経営がグローバルな従業員の中にしっかり根付いて“自分事”になったこと、これが大きいですね。会社そのもの、あるいは企業風土や文化も良い方向に変わってきています。

そのきっかけとなったのが、10年前から始まった「The OMRON Global Awards(TOGA)」という表彰制度です。この活動では毎年、職場内のチームで取り組む企業理念実践のテーマをエントリーし、「私たちは今年、こういうことに取り組みます」と職場内で宣言します。そして、それを社内で持ち寄り、コンテストのような形でどの取り組みが一番オムロンらしいかを評価し合って、その年のベストプラクティスを選び、皆で共有するのです。

これを10年間繰り返してきたことで、従業員は企業理念が単なるお題目ではなく自分の日々の仕事の中に息づいているものであることを改めて認識すると同時に、自分の仕事をどう変えていけば社会にポジティブなインパクトを与えることができるのだろうと考える癖が身につくようになりました。

加藤 加藤

“自分事”になるとか、考え方の癖が変わる。実はそうしたことがとても大切なんですよね。今のお話を伺って、御社の中で企業理念経営が着実に浸透してきている様子がよく分かりました。

近年、日本だけでなく世界の投資家の間で人財や人的資本への関心が高まっています。企業理念とは企業固有の判断軸であるともいえ、その判断軸の下でどういう事業基盤を築き、事業戦略を立て、何を目指していくのか、これら持続成長の実現に向けた基盤と戦略がどう絡み合ってくるのか、その全体像は企業さまを見る上で重要なポイントです。そして、これらの担い手がまさに人的資本であり、現場の従業員の方がどういうモチベーションを持って取り組んでおられるのかは、私たち投資家にとっても非常に気になるところです。人的資本は見方によってはKPI(重要業績評価目標)の議論に終始しがちですが、投資家はあくまで企業価値を評価するものですから、そういう意味では本日、御社の長期ビジョンやその仕組み、TOGAの活動などを通じた実務の担い手への企業理念の浸透といったお話を伺い、パーツではなく全体像を描いて推し進めていらっしゃるところに御社の強みを感じた次第です。

井垣 井垣

そうおっしゃっていただけて光栄です。

加藤 加藤

さて、御社は新長期ビジョン「SF2030」のファーストステージにいらっしゃるわけですが、その中で感じておられる課題ですとか、その課題解決のために行っていることなどがありましたら、教えていただけたらと思います。

井垣 井垣

そうですね。最初に4つの事業と60のSBUがあるという話をしましたが、これらはいろいろな事業の新陳代謝を行う中で生き残った現在の「ベストポートフォリオ」であると考えています。ですから次の10年はこれら4つの事業を中心とした成長戦略を描いているのですが、当社の考えるベストポートフォリオがアドレスする事業領域は当然、他社にとっても魅力的な市場となり得るわけです。幸いなことに現在はこの4事業で大変高いパフォーマンスを出しておりますけれども、ライバルが増えた後も今のペースでサステナブルな成長を続けていくのは簡単ではないという健全な危機感は持っています。従って、「SF2030」のゴールとなる2030年に向け当社が成長していくためには、会社自体をさらに大きく変えていかないと生き残れない。そういう課題意識はありますね。

従業員の「ベンチャースピリット」を受容する企業風土醸成へ

加藤 加藤

なるほど。その課題解決のために、具体的に考えていらっしゃること、実践していらっしゃることはありますか?

井垣 井垣

大きく3つありまして、1つは私たちが「事業のトランスフォーメーション」と呼んでいるものです。具体的には、単にモノをつくって販売して売り上げを積み上げるのではなく、モノに「コト視点」を加えて新しい価値を創造していく、そうした事業への転換です。例えば、制御機器事業ならセンサーやロボットといったモノを売るだけでなく、製造業のお客さまが抱える課題へのソリューションを提供する。ヘルスケア事業では血圧計をたくさん売るだけでなく、循環器疾患の発生をいかに抑えるかという観点から医療サービスを行う。それが医療統計データサービスのJMDC社への出資にもつながっているのですが、このように視点を変えることで事業の可能性を広げ、社会に提供する価値を拡大することでさらなる成長を目指します。

2つ目は最初の事業のトランスフォーメーションを支える企業運営・組織能力のトランスフォーメーションで、先ほど加藤さんがおっしゃっていた人財や人的資本の活性化を目指すものです。ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を加速させ、デジタルトランスフォーメーション(DX)の活用によるデータ重視の経営をいかに実装させていくか。さらに現在の地政学リスクや、経済のブロック化などを見据えたサプライチェーンのレジリエンスの向上など、事業のトランスフォーメーションを支えるオペレーションのトランスフォーメーションもしっかり実現していく必要があります。

そして最後の3つ目が、サステナビリティへの取り組み強化です。特にこの先10年を考えた時に、当社だけでなくバリューチェーン全体を俯瞰した環境と人権面での取り組みの強化が欠かせません。リスク対応だけでなく、オポチュニティ(機会)の創出という面からも大変重要な取り組みになると考えています。

加藤 加藤

具体例も交えながら丁寧にご説明していただき、ありがとうございます。おかげさまで御社が抱えていらっしゃる持続的な成長への課題、そしてその課題を解決するために事業とオペレーションのトランスフォーメーション、さらにSDGsへの取り組みを強化しようとされていることなど、御社の現状への理解が深まりました。私たち投資家としましても、今おっしゃったように社会課題はリスクだけでなくビジネスのオポチュニティにもなりえると考えています。御社はまさに、私たちと同じ視点から取り組んでおられるのだなと感じ入った次第です。

お時間もなくなってまいりましたので、最後のご質問として、従業員の方々に企業理念の浸透を図っていく中で課題と感じていらっしゃることがあれば教えていただきたいと存じます。本日のお話を通してそれこそが御社の基盤であり、強みであるという認識を強くしたので、従業員に“自分事”として受け入れてもらうにはどうすればいいかという点に関して、井垣さんのお考えがあればお伺いさせてください。

井垣 井垣

統合レポートの中で社外取締役・監査役の方からもご指摘をいただいているのですが、この10年ほど企業理念経営を推進してきたことで、求心力としての企業理念の浸透は進みましたが、成長の原動力という観点ではまだまだ道半ばだと感じています。企業理念の実践をさらなる成長へと繋げるためには、従業員一人ひとりの創造性を引き出すことが不可欠です。オムロンでは、企業価値向上に向けた企業と社員の持続的成長のために、3年間の中期経営計画における人財開発投資を、過去3年累計額の3倍に増やします。具体的には、必要人財の確保と最適配置だけでなく、育成プログラムによる能力の獲得・強化や、多様で多彩な個性・能力を思う存分発揮できる環境づくりに積極的に投資していきます。そして、従業員一人ひとりが殻を打ち破って真の意味のベンチャースピリットで新しいものに挑戦していく際には、それを受け入れる懐の深い風土をつくり上げていくことが今後のサステナブルな経営において非常に重要なポイントになるように思いますね。

加藤 加藤

大変参考になりました。社外の人間である投資家にとって、今お話しいただいたように企業理念や事業戦略と従業員の方々の関係性など実際に社内でどのように受け止められているのかについても大変興味深いところです。本日のお話全体を振り返ると、やはり、御社は企業理念、戦略、そして人的資本など実にいろいろ取り組んでいらして、持続的な成長に向けた因子が揃ってバーションアップされているという印象を受けました。投資家としても、定量的な分析を含め、企業さまからいただいた情報をいかにしてパフォーマンスに結び付けていくかさまざまなアプローチを試行しているところでもあり、御社のような企業さまと引き続き今回のような意見交換のエンゲージメントの機会を持たせていただけると幸甚です。本日は長時間ありがとうございました。

三菱UFJ信託銀行
アセットマネジメント事業部
責任投資ヘッド・加藤正裕

慶應義塾大学経済学部卒業後、三菱UFJ信託銀行入社。米国三菱UFJ信託銀行含め、国内外の運用関連部署でアナリスト、ファンドマネージャー業務を担当。2005年から責任投資に従事。国連「責任投資原則」日本ネットワーク共同議長として責任投資の普及・推進に尽力、個人および年金向け責任投資プロダクトの開発、国内外株の議決権行使・エンゲージメント実務にも携わり、近年はグローバルなESG・機関投資家の動向調査等をロンドンで担当。2019年より現職。

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