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サステナビリティ未来会議

SUSTAINABLE FUTURE DIALOGUE

SUSTAINABLE
FUTURE
DIALOGUE

10

多様性や総合力を生かし、
ステークホルダー
との「共創価値」創出を目指す

三菱商事株式会社
フェロー・加藤正裕 × 執行役員・小林健司氏

三菱UFJ信託銀行は、自社でSDGs活動に取り組むだけでなく、機関投資家としての立場から、
国内外の企業さまのSDGsへの取り組みを考慮した責任投資を行っています。
そのリーダーであるサステナブルインベストメント部の加藤正裕フェローが、話題の企業のSDGsご担当役員にお話を聞くスペシャル対談企画「サステナビリティ未来会議」。第10回は、多様なステークホルダーとの「共創価値」を創出することにより、社会の発展と会社の持続的成長を同時に実現していくことを目指している三菱商事の執行役員 CSEO(チーフ・ステークホルダー・エンゲージメント・オフィサー)、小林健司氏にお話を伺いました。

三菱商事株式会社
執行役員 コーポレート担当役員(CSEO)
小林健司氏

一橋大学商学部 卒業後、三菱商事株式会社入社。資本市場部、燃料管理部、企業投資部を経て、2001年11月よりMitsubishi Corporation Finance Plc 出向(ロンドン)。2004年12月からMCF-Aladdin Holdings LLC 再出向(スタンフォード)、2006年6月からMC Financial Services Limited 出向(ニューヨーク)にてVice Presidentを歴任。2009年に帰国後、経営企画部、産業金融事業本部を経て、MC Asset Management Holdings LLC 出向 (スタンフォード)。2014年4月よりアセットマネジメント事業部開発部長に就任後、企業金融部長、アセットファイナンス本部長を経て、2022年4月に執行役員に就任。2023年4月より現職。

「三綱領」に基づき、
MC Shared Valueの
継続的な創出を目指す

加藤 加藤

御社はグローバルな領域で広く事業を展開していらっしゃいますが、今、世界は非常に速く、かつ激しく変化しています。足下では、ロシアによるウクライナ侵攻などにより、エネルギーや食料といった資源需給が逼迫する懸念が生じています。ESG(環境・社会・企業統治)の観点でも状況は複雑化しており、例えば、気候変動にはプラスの取り組みでも生物多様性にはマイナスの影響をもたらすといったトレードオフの関係も、これまで以上に注目されてきています。

本日はそうした中で御社がいかにして資源を安定供給しながら低・脱炭素化を進めていかれるのか、そして社会課題が複雑化する中で持続的な成長を遂げられていくのかを、ぜひお伺いしたいと考えております。御社は投資家をはじめ多様なステークホルダーを抱えていらっしゃいますから、この困難な時代に御社がどのような将来像を描いているのか知りたい方は多いはずです。そこで、まずは御社が目指す会社の姿からお話しいただけたらと思います。

小林 小林

当社には草創期から伝わる「三綱領」という経営理念があり、今はそれに加えて経済価値・社会価値・環境価値の「三価値同時実現」を事業のミッションとして掲げています。この2つがいわゆるパーパスのような形で社内に存在するわけです。こうした行動指針の中でも、三綱領の「所期奉公」は社会や国に貢献することが事業の第一義であるとし、「処事光明」はフェアネスを意味します。ですから、当社では今注目されるESGの各要素を、かなり前から経営理念に組み込んで事業活動を営んできたのです。その意味で当社が提供する機能や価値は普遍的なものであるわけですが、一方で時代ごとに社会が抱える課題やニーズに対応する形で事業モデル、つまりは稼ぎ方だったり稼ぐ場所だったりを変えてきていますから、現在も「商事」を名乗ってはいますが、事業自体は商社とは異なる形態へと変化してきています。

そこで足下を見た時に、おっしゃるようにエネルギーやそれ以外の資源、食料、インフラなどは引き続き社会課題に適応する中で重要なアイテムと捉えています。これらの安定供給を通じて世界全体の経済成長や人々の豊かな暮らしを支えながら当社自身も成長していく、それが三価値同時実現につながっていくと考えています。将来的にもそうした企業体を目指していくというのが当社の共通理解になっています。

加藤 加藤

時代の変化に適応する中で御社の事業モデルも変わってきているというお話がありましたが、そうした中でいかにして目指す会社の姿に近づいていくのか、その戦略についてもお伺いできたらと存じます。御社が2022年5月に発表した「中期経営戦略(中経)2024」の中では、「MC Shared Value(共創価値)」、つまりは御社の持つ多様性や総合力、社会や産業とのつながりを生かした脱炭素、地域創生といった社会課題の解決を通じて価値を創造していくというスローガンを掲げていらっしゃいますね。

小林 小林

はい。MC Shared Valueの継続的な創出に向け、まずは事業を通して解決すべき社会課題をマテリアリティ(重要課題)として定義し、中経で共有しています。その中でも、EX(エネルギー・トランスフォーメーション)DX(デジタル・トランスフォーメーション)未来創造/地域創生という成長戦略を三本柱に掲げています。特にEX戦略は重要と考えておりまして、最初に加藤さんがおっしゃったように経済活動の中で低・脱酸素化(脱炭素)を推進しながら、当社の責務であるエネルギーの安定供給を果たしていくのは大きなチャレンジになると感じています。

低・脱炭素化に関しては電気自動車(EV)の普及に向け電化に欠かせない銅の供給や、洋上風力などの再生可能エネルギー、水素やアンモニアといった次世代エネルギーにしっかり取り組む。一方で、日本やアジアにおいてはこうした再生可能エネルギー・次世代エネルギーへのトランジション期間が間違いなく必要ですから、トランジション燃料としての天然ガスの供給体制も整える。そして、全体の中でサプライチェーンを構築していこうというのが1つの目標です。

DXも社会全体の成長には不可欠です。日本では、DXの活用で地域も含め様々な成長シナリオが描けるのではないかと考えています。当社の事業においてはサプライチェーンの最適化、さらに、産業・企業・地域といったコミュニティを有機的につなげ、それによって付加価値を創出することも可能です。例えば、産業横断型デジタルエコシステムですとか、地域ならばスマートシティやインフラ整備。こうした取り組みでは、デジタルでイノベーションを起こしながら、それを社会課題の解決につなげていけるのではないかと思います。

先ほどのEXの分野でも再生可能エネルギーや、カーボンニュートラルに向けた新産業の創出が地域創生の起点になったり、地域課題の解決につながっていったりするので、そこは当社だけでなく、事業パートナーの皆様、自治体・地域・住民の皆様と共に付加価値を創り出す「共創」をしながら、貢献していけたらと考えています。

加藤 加藤

EXとDXの一体推進を通じて社会課題の解決や脱炭素化に貢献していくことが戦略の柱となっているわけですね。コミュニティをつなげていくというお話も説得力があります。御社の統合報告書などでは「日本独特の産業創出に資する取り組みを目指し、日本で成長モデルを確立していく」とありましたが、地域創生というテーマを大変重視していらっしゃる。それはまさに、今の日本が抱える大変大きな社会課題だと思います。そのあたりのお話もぜひお伺いさせてください。

小林 小林

ビジネスはグローバルに展開しておりますが、当社はやはり日本の企業ですから、日本の経済が悪ければグローバルビジネスの土台が危うくなりかねません。ですから、足下を見つめ直し日本での事業機会を構築することにより、日本全体の成長につなげていけたらと考えています。

既に複数の自治体と提携し、DXのアイデアを導入したりしています。具体的には、自動運転のコミュニティバス、「都市OS」と言われるプラットフォームを活用した住民の利便性向上など様々な実証実験を含めた取り組みが進行中です。当社は秋田県2カ所と千葉県銚子市沖での洋上風力発電プロジェクトの事業権を獲得しましたが、これらのプロジェクトを起点に秋田や銚子での様々な地域活性化の取り組みを産官学連携でできないか検討しているところです。陸上でのサーモン養殖事業の拠点となる富山県入善町でも、同様に地域活性化事業を模索しています。

やはり各々の地域による事情、特色がありますから、住民の皆様、事業者の皆様、また自治体の皆様ときめ細かな対話を行いながら、最適解を見つけていきたいですね。そうした中で、個々の取り組みがいずれいろいろな形でつながり、最終的に日本経済を底上げてしていくのではないかという期待感を持っています。

ステークホルダー向けに新たなCXOを創設

加藤 加藤

御社のグローバルな総合力を日本に逆輸入して、今の日本が抱える課題の解決に活用されているわけですね。地域創生というテーマは私たち投資家にとっても大変重要な課題の1つで、当社も投資家としていかに貢献できるのかを模索しています。ですから、実際にビジネスを通して地域創生を実現しようという御社の取り組みは非常に参考になりました。日本における地域の課題、例えば少子高齢化などはいずれ他国でも自分ごととして生じてくる課題です。海外から逆輸入して日本で培った地域創生という事業モデルが、将来海外に輸出されることもあるかもしれませんね。

小林 小林

まさにそこは、当社も視野に入れております。地域創生についてはこれまでもいろいろな方がいろいろな形でトライされており、言わば「積年の課題」となっていることは重々承知しています。しかし、EXやDXの登場で、これらをベースに上手く進まなかった地域創生を一気に加速させることができるのではないかと当社では考えています。EXとDXの一体推進で取り組むことが、地域創生、そして未来創造へとつながっていく。当社が思い描くこのビジネスモデルは、他国にコピーしても通用するように思います。

加藤 加藤

御社が今取り組まれていることを将来またさらに広げていく戦略まで描かれているわけですね。さて、話は変わりますが、御社では今年から新しいCXOを創設されました。チーフ・ステークホルダー・エンゲージメント・オフィサー(CSEO)。その初代がまさに小林さんであるわけですが、このタイミングで新設された意図を教えていただけますか?

小林 小林

長い名前ですみません(笑)。先ほども申し上げたように、当社は時代のニーズやその時々の社会課題に応じて事業モデルを変えながら成長してきた会社です。その過程でステークホルダーの皆様の声にしっかり耳を傾け、ステークホルダーの皆様と共生、協業、共創していくことが大変重要であると認識しております。特に昨今はステークホルダーの多様化が進んでおり、その意見をきめ細かく拾い上げていかないと経営の方向性を誤ることもあるかもしれないという問題意識がありました。さらに、ステークホルダーとのコミュニケーションとしてまず想定されるのが統合報告書などを含めた情報開示ですが、これまでは財務をメインにやってきました。しかし、ステークホルダーの皆様、特に投資家の皆様が中長期の成長を測る材料として、近年、非財務情報の重要性が高まっています。そうした中で、当社では財務はCFO(最高財務責任者)のラインが、非財務については別の担当役員がコントロールしてきており、財務、非財務とも情報に関するマネジメントは一元化した方がいいだろうという判断もありました。

もう1つ、当社はNGOや海外の投資ファンドなど株主構成だけ見てもかなり多様なのですが、それに加えてメディアや取引のパートナーなど、本当にいろいろなステークホルダーがいらっしゃいます。従って、各々のステークホルダーがお持ちになっている当社への思いや期待も異なります。社内では「ステークホルダー間のコンフリクト・オブ・インタレスト(利益相反)」と呼んでいますが、これをそのまま放置しておくと、いずれ経営がスムーズにいかない状況が出来する可能性があります。コンフリクト・オブ・インタレストはゼロにはできませんが最小化していく努力は必要で、これもバラバラな組織でやっていくより責任者となる担当役員を置いてそこに集約した方がいいだろうという考えもありました。

加藤 加藤

一投資家としての感想を申し上げますと、小林さんのおっしゃる通り、投資家にとっても非財務の情報は大変重要ですし、その重要性は時間軸が長くなればなるほど高まり、財務と非財務に関するマネジメントを一元化されるという着想も非常に理に適ったものと思います。というのも、例えば、工場を新設する場合を考えてみると、財務的には減価償却費や有形固定資産が増えますが、非財務の側面からはそれによって新たに雇用が創出されたのか、環境負荷を減らせたのかといった評価が重要になります。工場を新設するという同じ企業の取り組み、1つの事業活動であっても、財務と非財務とでは見え方が違うわけです。投資家として企業価値の評価を行うに際しては、財務と非財務を一元的に、より幅広い視野から企業の事業活動を見ていくことが大切で、もはや非財務は特別なものではないと考えております。

続いて、御社の「循環型成長モデル」についてもお伺いできたらと思います。御社は事業環境の変化に応じて稼ぎ方や稼ぐ場所を変えてきているとお話しされていましたが、どのように経営資源を次の成長の芽・成長の種へと入れ替え、将来にわたる持続的な成長を実現していこうとお考えなのか?その仕組みをお伺いしたいですね。

小林 小林

ご指摘いただいた循環型成長モデルも今の中経の柱の1つです。不採算事業からの撤退は、これまでもある意味当たり前のこととして取り組んできましたが、それに加え、今は当社がその事業の成長にしっかり貢献できるかという視点も採り入れながら判断しています。その企業に関わり続けてもさらなる成長が見込めない場合、当社ではそうした状況を「ピークアウトする」と呼んでいますが、ピークアウトした事業は足下利益が出ていても入れ替えも含めた検討をします。こうした視点から当社の全事業にラベルを貼って、定期的にレビューを行っています。その中で2022年度は業績好調だったREIT(上場不動産投資信託)運用会社を売却しましたし、今年度の第1四半期には医薬品受託製造(CDMO)事業を手放しています。

このような事業ポートフォリオの見直しによって、当社が抱える事業をしっかりと循環させていく。当社が相対している産業構造は目まぐるしく変化しているので、その上で既存の事業グループに加え、それぞれのグループが横で連携する新しいバリューチェーンをつくっていく必要があります。例えば、EXやDXはそうした社内の動きの中で、今、いろいろな取り組みが進んでいます。その横糸を動かしていくマネジメントシステムとしては、年度開始前に開催する各営業グループとの事業戦略会議にプラスしてMC Shared Value会議という議論の場を設けました。新しいバリューチェーンが生まれて三菱商事は何ができるのか、その議論の前提には世の中がどう変わっているかというところの知見が必要ですから、それを確保するためのグローバルインテリジェンス会議も設置しています。こうした会議を組み合わせることにより事業環境が変化する中で共創価値を生み出す仕組みが、当社の今のマネジメントシステムの中に組み込まれているのです。

販売した製品の温暖化ガス排出量も開示

加藤 加藤

なるほど。新しいバリューチェーンをつくり、御社の知見を組み合わせ、持続的な成長を遂げていく、まさにそういった仕組みを既につくって実践されているご様子がよく分かりました。

その中でさすが御社だと思ったことの1つが、仕組みの実践にとどまらず、非財務情報の開示にも積極的に取り組まれていることです。具体的には、サプライチェーン排出量においてスコープ3-カテゴリー11に分類される、御社が販売した天然ガスや自動車を取引先が使用した際の温暖化ガス排出量を初めて算定開示されたことです。さらに削減貢献量も定量指標化されていますね。御社のサステナビリティ領域での取り組みもさらに加速しているようにお見受けし、そうした背景や取り組みへのモチベーションについても、お話しいただけたらと思います。

小林 小林

特にここ1〜2年は、市場と対話をしていく中で開示を求める声がどんどん強まってきたのを感じていました。社内でもこうした市場の声に対してアクティブに動き、応えていくべきだろうという意見が出、議論を相当重ねて今にたどり着いた感じです。スコープ3-カテゴリー11に関して申しますと、当社はサプライチェーンでいろいろなところに関与しており、これらの数字を集めて出すということについては社内でも議論百出でした。算出方法には確立されていない部分もありますが、まずは今できることをやろう、数字の大小ではなく当社が把握している実態をしっかりと市場にお伝えする姿勢が大切だと、発表に踏み切った次第です。一旦数字を出せば、それに関するさらに詳細な開示や、スコープ1や2と同様に3にも削減目標を設定しないのかといった声が出てくるのは百も承知です。当社としては、そうした市場からの様々なメッセージを受け止めながら、さらに次はどうアップグレードできるのかを考えていく所存です。

削減貢献量も同時に出しましたが、こちらもどう定義し、どういったものを対象に出していくかは世の中で議論があるところですし、社内でも諸制度を含めて整理し切れていない部分があります。それでも、これも今できるところはしっかり対応して出していくべきだろうという結論に達しました。特にこの削減貢献量は当社のEX戦略と密接に関連しています。削減貢献量の事業分野はどのような脱炭素社会が実現できるのか、新しいアイデアをいろいろ出していくことを目的としているので、当社の成長戦略がどう進んでいるのかを示す1つの要素と位置付け、削減貢献量を定量指標化したという経緯もあります。対象案件は洋上風力を含む再生可能エネルギー発電事業と、EVのモーターなどに必要な銅を産出する銅山の開発事業で、具体的な削減貢献量を計算式と共に公開しています。今後、対象を順次拡大していきます。

加藤 加藤

御社のように積極的に数字を出してくださるのは投資家としても大変ありがたいことです。投資家としては、企業に開示して頂いた数字のみで企業価値をピンポイントで評価することは殆どありませんが、その数字の前提条件などを理解した上で、実際のエンゲージメントを行うことによって、企業とより深く具体的な対話につなげていくことができます。先ほどおっしゃったステークホルダーの声に耳を傾ける姿勢というのが、まさにこの開示にもつながっているように思います。

開示とその前提となる社内での議論や算定、関係部署の皆様との横連携など、いろいろ新しい取り組みをなさっている中で、実際の投資案件の判断についても今までと変わった点があるのでしょうか? あったとしたら、具体的な内容とその理由を教えていただけると幸いです。

小林 小林

各営業グループで投資を行う際には、投資の意思決定のプロセスが定められています。その評価項目の中には従前より環境や人権といったサステナビリティの要素が入っていて、それらを財務的な数字にプラスして、経営が最終的な投資判断を下す仕組みになっています。それに加えて中経2024の施策として、当社の全事業を温室効果ガスの排出量や削減のしやすさといった観点からグリーン事業、トランスフォーム事業、ホワイト(グリーンでもトランスフォームでもない)事業という3種類にラベリングしています。各部署でラベルを貼られることへの抵抗感はそれなりにあったと思うのですが、そこは乗り越えてしっかり分類、整理ができたのではないかと自負しています。一方で、貼られたラベルによって求められる戦略が決まってくるので、後は粛々とそれに沿った戦略を遂行していくことになります。特にトランジションが必要なトランスフォーム事業については、どういう形で転換を進めていくのかを年1回、当該事業の担当部局と役員、そこに私も加わって議論をする場を設けています。

他にも、事業環境分析(1.5℃シナリオ分析)を実施し、そのシナリオに応じて当社の事業ポートフォリオが将来どのように変化していくのか、あるいはどういうリスクがどのタイミングで発生するのかといった分析も、経営会議で行っています。このシナリオ分析は、幾つかのシナリオを想定しながら最終的に中長期のイメージを描き、そこから演繹して今この事業をやるべきか否かといった個別案件の判断に結び付ける形です。期間が長いだけにシナリオの幅が広く、経営として最終的にどのシナリオを採用して判断するかの選択は困難を極めます。しかし、社内でシナリオをオープンにして議論を尽くした上で、経営会議のメンバーが納得して最終判断を下せるような状況になっています。

経営会議でのサステナビリティ関連の議論が増加

加藤 加藤

事業のラベリングやシナリオ分析のお話、大変興味深く拝聴しました。こうしたサステナビリティ活動を社内に浸透させるためにいろいろ心を砕いてこられたかと思いますが、具体的にどのような取り組みをされてきたのか、さらに、それに対する従業員の皆様の反応についてもお聞かせください。

小林 小林

まさに、そこが大変重要なところです。従業員もそうですが、まずは経営会議のメンバーがこの課題について正しく理解し、経営の重要事項であるという認識を共有しておかないとなりません。これに関して言えば、過去1年間の経営会議を振り返ると、サステナビリティやマテリアリティ、もしくは投資家対策としてのIR・SR戦略といったテーマが、これまで以上に議論を担ってきている印象です。様々な活動を通して、経営幹部がこれら課題を当社の事業のオポチュニティでありリスクにもなり得る、事業戦略上大変重要なイシューであるという認識を深めています。それに加えて、今年度からはCSEOというポジションを創設し、トップマネジメントがこの課題に対してより強力にコミットしていくというメッセージを出しています。

その上で、全従業員に対しても新入社員研修や管理職研修などでの浸透を図りながら、今回広報部もCSEOの私の下に入ったので、サステナビリティやダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)に関して、いろいろな形で社内広報を展開しているところです。メディアに対しても積極的にESG活動を告知しているので、当然、そういった記事も従業員の目に触れているはずです。こうした複層的な活動を継続していくことで、全体的なボトムアップを目指しています。

ただ、「脱炭素社会への貢献」「自然資本の保全と有効活用」などのマテリアリティは日々の仕事で意識されにくいこともあり、それに特化した勉強会やタスクフォース的なものを実施することも検討しています。

加藤 加藤

本日は盛りだくさんな内容のお話をいただき、大変参考になりました。最後に、多くの取り組みを推進されている中で生じた課題や、その解決のために行っていることがありましたら、ぜひ、お伺いさせてください。

小林 小林

課題は山ほどあります。先ほど申し上げたスコープ3-カテゴリー11の温暖化ガス排出量開示につきましても、投資家の皆様から一定の評価はいただいているものの、国際的なルールや共通の基準がない部分もあり、排出量の計算にはまだまだ改善の余地があります。まずは発行体と投資家の共通の理解を生み出すルールや環境づくりが急がれますが、当社としても、多くのグループ会社とその先にさらに多くの取引先を抱えていますので、しっかりと情報を集めてマネジメントできるような体制を整備していかなければならないと考えております。

ESGのSとGに関しては当社とステークホルダーの皆様の目線に大きな齟齬はないと思うのですが、Eの脱炭素への考え方、ゴールというよりはそこに向けたトランジションの時間軸への見解が大きく分かれていて、それは年々変化もしています。欧州でもロシアのウクライナ侵攻等により当初の目標値の達成にクエスチョンマークがついていることもあり、議論が振れている印象があります。当社のステークホルダーの皆様の中にもゴールへの道筋についてはいろいろな意見があり、当社としてはトランジション期間の動きをしっかりウオッチしながら、変えるべきことは変え、変えた時の説明責任をどう果たすかを常に考えていかなければなりません。これは当社だけでなく、他の企業の皆様も非常に悩ましい点ではないかと思います。

加藤 加藤

御社が実際に多くのステークホルダーとコミュニケーションを取られている中で生じた課題のお話、なるほどと思いながら拝聴しておりました。こうした課題を共有していただくのは、投資家としても大変ありがたいことです。こうした課題は社外に出しにくい面もあるように推察しており、実際にはなかなか話してくださらない企業様が多いのですが、今のように課題の認識を共有していただくことで、投資家としてどのように御社の企業価値の向上や持続的な成長に貢献できるのか、一歩踏み込んだ形で考え、今まで以上に投資家の考え方やその理由なども交えながらエンゲージメント等もさせていただけるのではないかと思った次第です。

本日の小林さんのお話を通して、「需要と供給をつなぐ」という商社本来の役割がどうなっていくのか、御社の新たな事業モデルについて理解を深めることができました。御社の統合報告書を拝見すると、中西社長は「世界各国に散らばる社員一人ひとりが情熱と意思をもって収集するあらゆる情報が“つながる”ことでグループの総合力を支えている」と仰っています。本日のお話の中でも「産業・企業・地域といったコミュニティとのつながり」や「個々の取り組みとのつながり」などの大切さをお伺いし、御社の目指す会社の姿の中で「つながり」が一つのキーワードになっているのかなと思った次第です。

投資家の立場で御社にどのような形で貢献ができるのかと考えた時、思い当たったのがMUFGグループとしての新しい取り組みです。2023年7月から私たちは当社を含めたMUFGグループ傘下の運用会社5社が協働で行うエンゲージメントを開始し、企業とともに考える 「伴走者」 となることを目指し、投資家として企業価値の向上に貢献していけるよう尽力して参りたいと考えています。 CSEOのポジションを新設してステークホルダーに向かい合う御社と私たちは、企業価値の向上を共通のゴールとして同じ方向を向いているようにも思います。これからもエンゲージメントの機会を頂ければ幸いです。

三菱UFJ信託銀行
サステナブルインベストメント部
フェロー・加藤正裕

慶應義塾大学経済学部卒業後、三菱UFJ信託銀行入社。米国三菱UFJ信託銀行含め、国内外の運用関連部署でアナリスト、ファンドマネージャー業務を担当。2005年から責任投資に従事。国連「責任投資原則」日本ネットワーク共同議長として責任投資の普及・推進に尽力、個人および年金向け責任投資プロダクトの開発、国内外株の議決権行使・エンゲージメント実務にも携わり、近年はグローバルなESG・機関投資家の動向調査等をロンドンで担当。2019年からは東京でサステナブル投資の企画・推進に従事。2023年4月より現職。

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