コラムVol.107 マネーライターの取材裏話――マネー誌に書かなかったこと&書けなかったこと 「FIRE」が教えてくれること

2021年4月28日
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森田 聡子 (もりた としこ)
早稲田大学政治経済学部卒業後、地方紙勤務を経て日経ホーム出版社、日経BPにて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は書籍や雑誌、ウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に対し、難しい投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく「書く」(=ライティング)、「見せる」(=編集)ことをモットーに活動している。著書に『節税のツボとドツボ』(日経BP)、編集協力に『マンガ 定年後入門』(日本経済新聞出版社)、『教科書には書いてない 相続のイロハ』(日経BP)。

「FIRE」が教えてくれること

年度替わりの4月には、例年、多くの制度が改定されたり、新制度がスタートしたりします。2021年4月から施行された法律で筆者が注目しているのが、「改正高齢者雇用安定法」です。
この法律により会社には、本人の希望があれば社員を「70歳」になるまで雇用する「努力義務」が生じます。それなら今まではどうだったのかというと、2013年4月に施行された高齢者雇用安定法があり、「60歳定年制」の会社は社員を「65歳」まで継続して雇用できるよう社内ルールを変更しなければなりませんでした。今回の改正法は「義務」ではなく「努力義務」ですが、4月以降は就業確保の対象年齢が65歳から一気に70歳まで拡大したわけで、いずれは「70歳定年制」も現実味を帯びてきそうな気配です。
生涯現役を目指しているベテラン社員にとっては、その背中を押してくれる“朗報”です。半面、20〜30代の会社員は、「その気があれば70歳まで働けますよ」と言われても、あまりに遠い未来の話過ぎてピンと来ないのではないでしょうか。中には、「そんなに長く働きたくない」という方もいるかもしれません。

さて、ここに一つ興味深いアンケート結果があります。経済産業省の経営競争力強化に向けた人材マネジメント研究会「2019年3月26日提言とりまとめ」によると、「今の会社で定年まで勤め上げたいと思わない」という人が50歳以上では3割強に過ぎなかったのに対し、34歳以下ではその倍近い6割弱にも上ったのです。
50歳以上なら既に定年が視野に入っていて、独立志向の強い人はとうの昔に辞めているはずだから、会社へのロイヤリティが高い人が多く残っているのだろう。そんな見方もできそうです。とはいえ、若年層の反応には大いに頷けるフシがあります。

その根拠の一つが「FIRE(ファイア)」です。FIREとは「Financial Independence(経済的自立), Retire Early(早期退職)」の頭文字から取った造語で、「若いうちから経済的に自立して、会社や仕事に縛られずに自分らしく生きる」ことを意味するようです。
最近、コロナ禍で株式投資を始めて大きく資産を殖やした若手サラリーマン投資家を取材する機会を得ました。今後の目標を尋ねたら「自分、FIREを目指してるんで……」と返され、記事を書くために調べてみたところ、国内外でFIRE実践者のSNSやブログが多数公開され、多数のフォロワーを集めていることを知った次第です。
FIREの人気ブロガーや支持者の中心は、いわゆるミレニアル世代です。実践者のバックグラウンドを見ると、株式や不動産への投資でひと財産築いたとか、FIREを目指して高収入の職業に就き、短期間で集中的にお金を貯めたという人が多いようです。

「投資でひと財産築いて」と聞くと、手にしたお金を元手に豪華客船で世界中を旅するとか、高級ホテルやレストランで遊蕩三昧といったセレブ生活を想像する方もいるかもしれません。しかし、FIRE実践者の大多数は、アルバイトなどで定期収入や臨時収入を得ながら、大変質素な暮らしをしています。
マーケティングの専門家によると、低成長期に育ったミレニアル世代は、高級車やブランド品など贅沢品の消費性向が低い半面、自宅で身近な人と共に過ごす時間を大切にし、家事や炊事に意欲的なのだそうです。それもあってか、筆者が訪問したブログの主は全員が全員と言っていいほど、家計管理の上級者。バランスの取れた金銭感覚の持ち主ゆえに、リタイア前に立てたマネープランも過度に楽観的過ぎず、かといって悲観的でもない、現実に即したものとお見受けしました。

そこで思い出すのが、2019年の金融庁の金融審議会市場ワーキング・グループの報告書に端を発した「公的年金だけでは老後資金が2000万円足りない」問題です。
ただし、この2000万円という数字は、総務省「家計調査」(2017年)の「夫65歳以上、妻60歳以上の高齢夫婦無職世帯」の1カ月当たりの収入と支出の平均額を基に計算したシミュレーションに過ぎません。
平均額はあくまで平均額であり、仮に今あなたが将来受け取れる年金額やリタイア後の生活プランに基づいた予想生活費などから生涯収支を計算したら、2000万円とは大きく異なる数字が出てくる可能性のほうが大きいのです(ごく稀に、ぴったり2000万円になる方もいるかもしれませんが)。FIREから生涯現役派まで働き方がこれだけ多様化した時代ですから、むしろ一人一人の生涯収支は違って当たり前でしょう。
公的年金制度の脆弱性が指摘される中、とりわけ40代以下の世代は、iDeCo(個人型確定拠出年金)やつみたてNISA(少額投資非課税制度)などを有効活用して、リタイア後の収入を積み増す自助努力が求められています。しかし、それだけで十分とは言えず、先のFIRE実践者を参考に、下記の2点も押さえておきたいところです。
第一に、自分のリタイア後のリアル「公的年金だけではン万円足りない」を把握し、それに応じた準備を進めること。そして第二に、今のうちから「収入の範囲内でやりくりする能力」を身に付けておくこと――です。

誰もがFIRE実践者になれるわけではないでしょうが、この2つなら目標達成のハードルはそう高くないはずです。共働きやシングルには使途不明金だらけの“ザル家計”が散見されますが、そうした方は、家計簿アプリを利用するだけでも相当意識が変わります。
リタイア後に収入が減ったとしても、大きな赤字を出さない家計管理のスキルがあれば、「2000万円問題、恐るるに足らず」と思えてくるのではないでしょうか。
70歳まで働ける社会になったからといって、「老後の生活費が足りないから仕方なく働く」のでは残念過ぎます。FIRE実践者にならって先の2点を早めに実践&攻略し、今からコツコツ将来の資金と選択肢を増やして、思い描く楽しい未来を着実に実現していただけたらと思います。

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