コラムVol.124 長期投資と短期売買(後編)

- 正岡 利之 (まさおか としゆき)
- 日本証券アナリスト協会検定会員。行動経済学会会員。
1982年三菱信託銀行(当時)入社。1985年より一貫して運用業務に従事し、2018年から2022年3月の退職までMUFG資産形成研究所長を務める。
内外債券のファンドマネジャー、国内株式のリサーチ、年金資産の運用管理、また投信会社での運用や商品開発など、運用に関する幅広い経験を有する。
長期投資と短期売買(後編)
本コラムでは、短期的な売買を行う場合と長期投資による資産の成長を目指す場合とを比較し、価格の動きに対する考え方について考察しています。後編となる本稿では、前編の「有価証券を買い付けるとき」の価格の動きに対する考え方に続いて、「有価証券を買い付けた後」の価格の動きに対する考え方(長期投資と短期売買の相違点)について取り上げます。
有価証券を買い付けた後の長期投資・短期売買の相違点@
人は一般的に、買った後で価格が上昇すると、実際に得られる利益以上の満足感を得ます。このことを行動経済学で「プロスペクト理論」と言います。そうすると、利幅が小さくても、割とすぐに売却をしたくなります。

逆に、買った後で価格が下落すると、実際の損失以上に強い悲観を感じる傾向がありますが、これも「プロスペクト理論」です。結果として売却はせずにそのままにしてしまうことも多いものです。価格の動きを前にすると、人の気持ちは弱いもので、焦燥感を抱いて慌てると、底値売りをしてしまいかねません。
このようなことを短期売買として繰り返すと、結果として「勝率は高い」としても、「トータルでは損失」という状態が往々に発生します。短期的な利益狙いという目的が明確であるならば、損切りのルールなどを決めておくことも必要でしょう。
一方で、分散したポートフォリオを長期に渡って保有する場合には、このような短期売買の苦労を背負う必要がなくなります。長期的な成長を狙うのですから、少しくらい価格が上昇しても、そのままにしておいて良いのです。そうすると、短期的な価格の上昇による売却の誘惑に歯止めがかかります。
逆に価格が下がっても、短期的な価格の上下は繰り返されるものだと割り切って、保有を継続することができます。長期で積立投資を継続するのであれば、価格が下落したところで損切りするかどうかを悩むのではなく、逆に良い買い場が来たと、買い付けを継続することになります。
普通は心理的に買いの手を出せないような、価格の下落した安値の状況(人のいく裏の道)でも、淡々と買い付けを実行してくれるのです。
長期に渡って保有するポートフォリオについては、価格の短期的な動きで売買をしない方がむしろ得策であり、投資目的に整合的です。長期投資なのか短期売買なのか、目的によって価格の動きに対する姿勢も変わってきます。何を目的としてやろうとしているのか、目的を明確に意識しておくことが大切だと思います。
有価証券を買い付けた後の長期投資・短期売買の相違点A
短期的な観点で価格を見ていると、上がると自分自身も強気になり、下がると自分自身も弱気になることがあります。実際に、そのような気持ちのまま素直に売買をすると、価格が高くなってから後追いで買い、安くなってから後追いで売るというように、売買が相場の方向性に遅行することになりかねません。
相場が一定の範囲内で上下の往来を繰り返す場合、往復で損失が出ることになります。自分が買いたいのか売りたいのかが、分からなくなることすらあります。マーケットタイミングをとる際には、自分はこの相場に対して、買いのスタンスで臨むのか売りのスタンスで臨むのか、きちんと決めておくことが大切だと思います。
積立投資の場合には、長期的な視点に立っていることが前提となって継続して投資を行うので、買いのスタンスであることが明確です。往来相場でも、短期的な損失が出る心配はありません。買いのタイミングに悩むこともなく、何回にも分けて慎重に、かつ恣意性をはさまない100%の実行力で、買い付けを行ってくれます。
積立投資(長期保有継続)という仕組み
自分でポジションを持つ(有価証券を保有する)と、客観的に価格の動きを見ることが難しくなり、見え方にバイアスがかかります。ひとの気持ちは弱いもので、不安に駆られることもあります。済んだことはサンクコストとして次を考えろと言われても、損得が気になる人間の煩悩は無くなりません。
しかし、個人投資家は運用競争をしているわけではないので、短期売買などせずに長期間じっと保有していられることが強みです。資金を使うなどの理由以外は、基本的にそのまま保有する。投資とは売買を行うことではなくて、有価証券を保有していることも投資を行っている状態です。
積立投資を長期間にわたって行うのであれば、価格にとらわれず淡々と買いを継続できるところが強みとなります。少し上がったからといって売却してしまう、といったこともなくなります。ときどきポートフォリオの状況を確認する程度で、そのままにしておいて良い仕組みになっています。時間の経過とともに、知らないうちに資産が増えている、という感覚です。
確定拠出年金やNISAのつみたて投資枠といった、長期にわたる積立投資の制度は、短期的な価格の動きに惑わされる人間の弱さや煩悩を、和らげてくれる仕組みになっていると思います。長期的な成長を狙う人にとっては、資産形成のための良い手段になるのではないでしょうか。