コラムVol.127 敵は本能にあり:へそ曲がりの『投資の考え方』第15回 何故、日本の個人投資家は逆張りをするのか?

2021年11月10日
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荒 和英 (あら かずひで)
1982年三菱信託銀行(当時)入社。1985年より為替ディーラー、ファンドマネージャー、エコノミストなど、資産運用の最前線で投資業務に携わる。25年以上にわたるキャリアを生かして、2011年からマーケットレポートの執筆や投資に関するセミナー講師、TV出演(BSジャパン「日経モーニングプラス」)や執筆活動(『資産活用いろはかるた“い”の巻、“ろ”の巻』)などを精力的に行っている。

「ドル円の下の力持ち (元句:縁の下の力持ち)」

2000年代半ば、「ミセス・ワタナベ」という名前がウォールストリートやロンドン・シティで話題になりました。ご存知の方も多いでしょうが、「ミセス・ワタナベ」とは特定の「渡辺夫人」を指すのでなく、外国為替証拠金取引(FX取引)を通じて世界の為替市場に大きな影響力を与えた日本個人投資家の呼び名です。当時ロンドン赴任中だった私は、知り合いの米国投資家から次のような質問を受けました。「これだけ売り材料が出ているのに、何故、ドルを買い続けるのだ。Why Mrs. Watanabe?」

ミセス・ワタナベがドルを買い続ける大きな理由は、「ドル相場が下がったから(円高になったから)」と単純です。日本の個人投資家は、前回「何故、同じ価格で買いと売りが出てくるのか?」でご紹介した逆張りを行うことが多く、図表1のようにドル相場が下落するとドルを買い、相場が上昇すると売りを出します。一方、米国投資家は下落局面で売り続ける順張り派が多いため、逆張りの買いに戸惑ってしまったということ。それでは、日本の個人投資家は何故逆張りをするのでしょう?

図表1 ドル円相場と店頭FX取引のネット買建金額(月次データ)
図表1 ドル円相場と店頭FX取引のネット買建金額(月次データ)

出所:金融先物取引業協会、FRBデータより三菱UFJ信託銀行作成

短期売買で儲ける原則は「安く買って高く売る」ですが、現在の価格を「安い/高い」と判断する方法は、将来の相場予測に基づく予測型と過去実績と比べる評価型に分かれます。この中で、日々の情報収集や相場分析など専門能力が必要な予測型は難しいため、多くの個人投資家は先行きが分からなくても手っ取り早く売買判断が可能な評価型を選び、相場が下落したら「安い」と購入し上昇したら「高い」と売却する逆張りを行っているのです。特に、図表1のドル円相場のように103円〜113円という一定価格内で上下動を繰り返す「ボックス相場」の場合、下限の103円を買って上限の113円で売ると何度も儲かるため、ミセス・ワタナベはドル円相場がボックス下限に近付くと機械的にドルを買い続けるということ。しかし、このような単純な売買で儲かるほど、FX取引は簡単なのでしょうか?

FX取引の特徴は、少ない証拠金を元手にその何倍もの金額を運用することができる「レバレッジ投資」であり、思惑と逆方向に相場が動くと大きな損失を被るリスクに注意が必要です。また、逆張りを行う場合、一定価格内でボックス相場が続く間は有効ですが、一度ボックス相場が崩れると損失発生リスクが高まってしまいます。しかし、安くなった所で買う逆張りなのに、何故損をしてしまうのでしょうか?

「いつまでもあると思うなボックス相場 (元句:いつまでもあると思うな親と金)」

先進国内で最上級の格付けを誇り債券利回りが相対的に高いオーストラリア(豪州)は、FX取引だけでなく外国債券の投資信託を購入する日本個人投資家からも人気が高い投資国の一つです。加えて、逆張りを行う投資家にとって魅力的なポイントは豪ドル円為替のボックス相場です。

図表2 豪ドル円相場の推移(日次データ)
図表2 豪ドル円相場の推移(日次データ)

出所:FRBデータより三菱UFJ信託銀行作成

図表2で豪ドル円相場を振り返ると、長期的に70円台〜90円台のボックス相場を形成しており、短期的にも①から④のように2〜3年間周期でボックス相場を繰り返しています。①の75〜85円ボックス相場の時は75円で豪ドルを買って85円で売る逆張りが有効ですが、ここで②の90円〜100円という新たなボックス相場へ移ると、多くの人は身動きが取れなくなってしまいます。何故なら、①の上限85円で一旦利食い売りをした後、更に高くなった90円台を改めて買うのは抵抗を覚えるから。しかし、本当に辛いのは③④のような下落局面で、②の下限90円の購入は③で含み損になり、④で相場が急落すると我慢できずに安い価格で損切り売りする人も出てきます。このように、逆張り中にボックス相場が崩れると、次の売買ができなくなったり、含み損となった買いを塩漬けにせざるをえなくなったり、コツコツと積み上げてきた儲けを吹き飛ばすような大きな損を出すリスクが高まるのです。そして、この逆張りのデメリットに最も注意しなければならないのは、株式投資のケースです。

図表3 日経平均と国内株式投資信託の資金増減額(月次データ)
図表3 日経平均と国内株式投資信託の資金増減額(月次データ)

出所:投資信託協会、日本経済新聞社データより三菱UFJ信託銀行作成

図表3は国内株式投資信託の購入・売却状況で、図表1のドル円相場と同様に、株価下落時に購入し株価上昇時に売却する逆張りが目立っています。しかし、動きの激しい株式相場が一定価格内のボックス相場に止まることは稀で、どちらかと言うと上昇や下落を続けるトレンド相場になることが普通です。つまり、以前にご紹介したウォールストリートの相場格言「相場のトレンドに沿って売買しろ」の教えのように、一方方向のトレンドが続く株式相場では上昇時に購入し下落時に売却する順張りの方が有効と言われる中、トレンドに逆らう逆張りは思わぬ損失のきっかけになるリスクに注意が必要ということ。次回は、日本の相場格言で過去から戒められてきた逆張りの注意点について考えてみます。

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