コラムVol.122 敵は本能にあり:へそ曲がりの『投資の考え方』第14回 何故、同じ価格で買いと売りが出てくるのか?

2021年9月27日
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荒 和英 (あら かずひで)
1982年三菱信託銀行(当時)入社。1985年より為替ディーラー、ファンドマネージャー、エコノミストなど、資産運用の最前線で投資業務に携わる。25年以上にわたるキャリアを生かして、2011年からマーケットレポートの執筆や投資に関するセミナー講師、TV出演(BSジャパン「日経モーニングプラス」)や執筆活動(『資産活用いろはかるた“い”の巻、“ろ”の巻』)などを精力的に行っている。

「買い心あれば売り心 (元句:魚心あれば水心)」

当たり前の話ですが、相場の過去の価格は全て売買が成立した結果です。相場上昇を信じている時は、「こんな安い所で売るなんて、阿呆か!」と売り手が出てくることに驚いてしまいますが、最終的にどちらが阿呆なのかは時間が経てば判ること。しかし、何故、同じ価格なのに買いたい人と売りたい人に分かれてしまうのでしょう?

図表1 A・B・Cの時点で、NYダウを買いますか?売りますか?
図表1 A・B・Cの時点で、NYダウを買いますか?売りますか?

出所:Yahoo!ファイナンス(アメリカ版)データより三菱UFJ信託銀行作成

今回は趣向を変えて、最初に簡単な問題を出してみます。図表1 ①②③の相場実績を見て、皆さんだったら、A・B・Cのそれぞれの時点で米国株式NYダウを買いたいと思うでしょうか?それとも売りたいと思うでしょうか?恐らく、時期や水準という重要な情報が不足しているこのグラフだけでは売買判断ができないと、パスする人が多いと思われます。と言うのも、売買は景気状況や金融政策、価格水準など多くの材料を総合判断して決めるものだから。実際の所、形状が似ているように見える図表1のその後の相場は、図表2のようにバラバラです。

図表2 図表1の後、NYダウはこう動いた(結果)
図表2 図表1の後、NYダウはこう動いた(結果)

出所:Yahoo!ファイナンス(アメリカ版)データより三菱UFJ信託銀行作成

しかし、頭では合理的にパスできる人でも、いざ実際の相場を目の当たりにすると、「買いたい」「売りたい」という衝動に駆られてしまうことは珍しくありません。何故なら、行動経済学が実証しているように、我々の現実の行動は必ずしも合理的でないから。たとえば、図表1のグラフを見て買いたくなってしまう人は、第6回「馬鹿みたいなバブル高値を買ったのは、誰だ?」で紹介した「確証バイアス」の影響を強く受けている可能性があります。つまり、「相場上昇という実績を見て、将来も上昇が続くと自信を深めてしまう」確証バイアスが働くと、底値から上昇に転じたA・B・C時点が絶好の買い場に見えてしまうということ。逆に、第7回「何故、「安く買って高く売る」ことが難しいのか?」の「アンカリング効果」が発揮されると、アンカー(錨)となる直近安値と比較して高く見えるA・B・C時点は売り場に思えます。そして、この確証バイアスとアンカリング効果は人によって働き方がそれぞれ異なるため、同じA・B・C時点でも買いたい人と売りたい人に分かれてしまうのです。

「慌てる売買は貰いが少ない (元句:慌てる乞食は貰いが少ない)」

投資の売買パターンは、大きく「順張り」と「逆張り」の二つの手法に分けられます。順張りは相場のトレンド(一定方向の流れ)に沿って売買する手法で、図表3①のような上昇トレンド時は買い、Aの下落トレンド時は売りを続けます。一方、逆張りは相場の流れに逆らって売買する手法で、③のように相場下落時に買い、上昇時に売りを行います。この順張りと逆張り、どちらの方が儲かるのでしょう?

図表3 順張りと逆張り
図表3 順張りと逆張り

一般的に、相場トレンドが続いている時は順張り、一定の範囲内で相場が上下動を繰り返す「ボックス相場」の時は逆張りが有効と言われます。図表2を用いて説明すると、①のリーマンショック前は下落トレンドの中で順張りの売り、③の新型コロナショック後は上昇トレンドの中で順張りの買いが有効であるのに対し、②のチャイナショック中のボックス相場時は逆張りで上昇時の売りが有効になるということ。しかし、皆さんお気付きの様に、これは後付けの結果論に過ぎず、実際の相場ではトレンドの方向性もボックス相場も見えなくなってしまう点に注意が必要です。たとえば、図表1@のA時点にいた時、下落トレンドが続いているのか、新たな上昇トレンド入りしているのかの判断は難しく、上昇トレンド入りと判断し買いを入れてしまうと、その後のリーマンショックで・・・。それでは、どのようにトレンドを判断したら良いのでしょうか?

図表4 長期のNYダウ推移(月次データ、2003年1月〜2021年7月)
図表4 長期のNYダウ推移(月次データ、2003年1月〜2021年7月)

出所:Yahoo!ファイナンス(アメリカ版)データより三菱UFJ信託銀行作成

日本の相場格言「鹿を追う者は山を見ず」は目先の相場変動に惑わされると大きな流れを見失ってしまう危険性を、「漁師は潮を見る」は出来るだけ大きな流れに注目する重要性を説いています。この長期トレンドの重要性は、2003年からのNYダウの推移を示した図表4を見れば一目瞭然です。何故なら、NYダウのように長期上昇トレンドが続く相場であれば、リーマンショック直前のA時点で買ったとしても、我慢して保有を続けるうちにやがて儲けに転じるから。このように、長期上昇トレンドを信じる投資家にとって最適な売買手法は、売却を考えず積立投資のように常に買い続ける順張りであり、この考え方は、前回「何故、米国株式市場はバブルを繰り返すのか?」で書いた米国投資家の買い続ける行動パターンの原点ということ。一方、資産バブル崩壊など何度も相場急落を繰り返してきた日本株式市場の場合、相場が一定程度上昇した所で売却し、その都度利益を確定させる逆張りを行う投資家が多いと思われます。次回は、日本の個人投資家が好む逆張り手法のメリット・デメリットについて考えてみます。

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