コラムVol.149 知って得する確定拠出年金 第5回 DCの受け取り方〜判断ポイントとは〜
- 日下部 朋久 (くさかべ ともひさ)
- MUFG資産形成研究所長。1986年三菱信託銀行(当時)入社。年金数理、年金ALM、退職給付コンサルティングなど、幅広く年金業務に従事。企業年金基金、健康保険組合等を経て、2022年4月より現職。年金数理人。日本アクチュアリー会正会員。日本証券アナリスト協会認定アナリスト。1級DCプランナー。
DCの加入者にとって受け取り時のことはまだ先、と考えていてもあっという間にその時はやってきます。今回はDCの受け取り方法について考え方を整理しておきたいと思います。
確定拠出年金なのに年金で受け取る人がいない!?
思えば不思議ですが、確定拠出年金からの老齢給付金の受給方法は図表1のとおり、ほとんど一時金になっています。DC制度ができて20年あまりですので、年金とした場合の受給額自体が少額の場合が多いため、一時金を取得するというケースはありますが、最大の理由は税制にあると考えられます。
出所:運営管理機関連絡協議会「確定拠出年金統計資料(2021年3月末)」より三菱UFJ信託銀行作成
DCの老齢給付金を一時金で受給すると、退職所得として課税されます。税額の計算において非課税枠として、加入者期間に応じた退職所得控除額が受けられます。たとえば、(DC加入者期間に通算可能な)勤続年数が38年あれば退職所得控除の額は2060万円になります。
加えて、課税額はこの退職所得控除額を差し引いた額の2分の1に対して、所得税率が乗じられます。この結果、税負担はかなり少額になる、もしくは0円となる方が多くなります。
【ご参考】国税庁HP『退職金と税』
一方、年金で受給すると、公的年金などと合算され雑所得として課税されます。全体の所得水準で税額は異なりますが、65歳以上の場合、公的年金などを合わせて110万円を超過すると課税されるようになります。
【ご参考】国税庁HP『高齢者と税(年金と税)』
加えて、年金で受給した場合は所得として社会保険料の算定基礎にもなりますので、一時金で取得するより所得税・住民税・社会保険料が増えるケースが多くなります。また、細かなところではDC制度から年金を受給するとDCの資産額から送金手数料などが差し引かれます。以上のような理由で一時金を選択する方が多いのではないかと考えられます。
もちろん、一時金、年金で税制的にどちらが有利かは、ケースによって異なりますのでご自身のケースを良く調べることが大切ですが、次に仮に一時金が有利となった場合のことを考えてみたいと思います。有利となった一時金を取得し、そのあとどうすれば良いのでしょうか。老後に備えたお金をうまく利用したいですね。
60歳で受け取るのが良いのか?
利用する以前に、まずはいつその一時金を受け取るのが良いのかを検討する必要があります。60歳時にDCの加入資格を喪失するような制度であれば、60歳がまずその候補となりますが、60歳で果たしてそのお金が必要なのかどうかを判断します。60歳以降も働き十分な収入を得る予定があるのであれば、60歳時点では受け取らないという選択肢があります。DC法改正で2022年4月以降、受け取り可能年齢が75歳まで拡大されましたので、そのまま資産の運用だけを行うということも考えられます。また、この場合このシリーズコラムの「第3回企業型DCは持ち運び自由」で解説した考え方でDCの積立資産を他の制度に移換することが考えられます。たとえば企業型DC制度がない職場であればiDeCoに資産を移換して運用および掛金拠出を続け、税のメリットを享受しながらさらに積立資産を増やすことができます。そして、退職所得控除額も増加することになります。
一方で、老後の資金ではなく、たとえば住宅ローンの残債があり、それに充当するという考え方もあります。確かに借入れがあると返済したくなるのが人情ですが、本当に返済する必要があるのかどうか立ち止まって検討して良いと思います。低金利での借入れである場合、手数料を支払って繰上げ返済するよりそのまま毎月の返済を続けた方が有利な場合があります。なにより、返済せず残った資産を借入れ金利より高く運用できる可能性もあります。毎月のローンの返済の代わりにDCへの積立てをしていると考えるのも良いかもしれません。
一時金を受け取った後、どうする?
いろいろ検討した結果、DCから一時金を受給し、そこから取り崩して生活費などにあてることになります。例えば、DCからの一時金が1000万円、その他に退職金などで形成した金融資産が2000万円と合計3000万円あったとします。65歳から20年間で取崩ししようと考えると年間150万円となります。さてせっかく3000万円の資金があるのに、20分の1ずつ取崩すことで良いのでしょうか。「第4回DCにおけるインフレへの向き合い方」で、インフレによって実質価値が目減りすることを説明しましたが、取崩し期においても同じです。また取崩しを20年としても、85歳以降長生きした場合、資産が枯渇します。これを「長生きリスク」などと呼びますが、この点にも考慮が必要かと思います。インフレによる実質価値の減少を防ぎ、長寿に対する憂いを減らし、できれば金銭的により豊かな老後のためには取崩し期においても資産運用は必要と思います。もちろん、リスクを伴いますのでかえって目減りする可能性はありますが、工夫を凝らすことで少しでも資産寿命を延ばすことを考えたいと思います。
公的年金も含めてトータルで考えよう
そもそも老後の資金としての収入源は複数あるものと思います。大きな柱として公的年金があり、その補完として自己の金融資産や場合によっては就業による収入も考えられます。特に公的年金は受給開始時期を繰下げるとひと月あたり0.7%年金額が増額しますので、この仕組みもうまく活用したいと思います。
図表4は65歳から年金等のみの収入プラン(上段)から、65歳から70歳までの収入の一部を就業によるものに切り替え、不足する分を企業年金や保有資産の取崩しなどで賄うことにより、公的年金を繰下げ増額するプラン(下段)のイメージ図です。これにより公的年金からの受給額が増え(5年間公的年金の受給を繰り下げることで年金額は42%増加します)、長生きリスク、インフレリスクへの備えが強化されます。またこのBの部分を運用しながら取り崩すことで、資産寿命が延びる可能性がでてきますし、万一運用が芳しくなくとも、影響額が小さく抑えられることになります。
振り返ってDCでの年金受給はありか
上記の考えは公的年金の繰下げ効果を活用し、DCからの一時金とその他の金融資産とあわせてどのように取り崩していくかを考えることになります。金融資産の取崩す順番も気をつけた方が良いと思います。税制で有利なものは後に残すというのが鉄則です。政府の2022年の骨太方針によれば、iDeCoの加入年齢の拡充も検討されていますので、iDeCoで資産を持てる間は極力iDeCoを活用することが良いでしょう(なお、前述のとおり企業型DCにそのまま積立資産を置いて運用のみを継続するという考え方もあります)。そして受給する段で、税・社会保険料の観点で有利な受給形態を選択します。もう一つ判断要素を加えると、運用しながら取り崩すとしたときに、一時金を選択した場合は、あらためて自分で運用商品の購入が必要となることも考慮にいれておきましょう(この場合にはDCのような運用益非課税は受けられませんが・・)。その上で、一時金で取得するのか年金とするのか、判断すれば良いのです。