コラムVol.175 マネーライターの取材裏話――マネー誌に書かなかったこと&書けなかったこと 令和6年と平成6年の30代、お金の環境はどっちが有利?

2024年2月9日
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森田 聡子 (もりた としこ)
早稲田大学政治経済学部卒業後、地方紙勤務を経て日経ホーム出版社、日経BPにて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は書籍や雑誌、ウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に対し、難しい投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく「書く」(=ライティング)、「見せる」(=編集)ことをモットーに活動している。著書に『節税のツボとドツボ』(日経BP)、編集協力に『マンガ 定年後入門』(日本経済新聞出版社)、『教科書には書いてない 相続のイロハ』(日経BP)。

母と娘で大きく異なる「お金の価値観」

ついこの間改元があったと思ったら、早いもので令和も6年。NISA(少額投資非課税制度)が大きく改正された令和6年は、「投資元年」とも言われています。個人をめぐるお金の環境も劇的に変化しそうです。

先日取材先で雑談をしていた際、ある女性が「帰省した際に実家の母とお金の話をしたのだけれど、全く噛み合わなかった。ひと昔もふた昔も前の価値観を押し付けてくる母にげんなりした」とぼやいていました。

よくよく話を聞くと、NISAで毎月5万円ずつ株式投資信託を購入し、今春出産予定の子供の教育資金や自分たちの老後資金に充てていく予定だと話したら、「株に投資するなんてとんでもない。せっかく貯めたお金が半分になってしまったらどうするの」と真っ向から否定されたのだとか。

その上でゴリ押ししてきたのが、お母様いわく「教育資金作りの王道」の学資保険。「ネットや雑誌の教育資金の記事を幾つも読んだけど、学資保険を勧めている専門家なんかほとんどいなかった」と言うと、「あなたの大学の学費は学資保険から出てるんだからね!」といかに学資保険が素晴らしいかを力説されたのだそうです。

日本人の平均給与は30年間変わらず

母と娘のお金の価値観のすれ違い。背景には時代の差もありそうです。

そこで今回は、令和6年(2024年)に35歳になる女性世代と、平成6年(1994年)に35歳だったお母様世代、その時点でのお金の環境がどれくらい違っているのかを考えてみたいと思います。どっちが恵まれていたり、不利だったりするのでしょうか?

調べてみて驚いたのは、この30年間、日本人の平均給与額がほとんど変わっていないことです。国税庁が発表している「民間給与実態調査」によると、平成6年は約456万円、直近でデータのある令和4年(2022年)は約458万円でした。もっとも、令和5年(2023年)は30年ぶりの高水準の賃上げ(日本経済団体連合会調査による大手企業136社の平均値は3.99%)が実施されていますから、多少は上がっているのでしょうが……。

「民間給与実態調査」の給与は額面です。そこで、平均給与よりちょっと多めの年収500万円の会社員で専業主婦の妻と小学生の子供が1人いるケースだと、税金(所得税・住民税)、社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料・雇用保険料)を差し引いた手取り額は平成6年(1994年)が410万円弱、令和5年(2023年)時点では390万円強となります。

経済環境は平成6年の方が良かった!?

「同じ給与収入500万円なのに、そんなに違うの?」と思うかもしれません。しかし、悲しいかな、これが現実です。実際、国民全体の所得に占める税金や社会保険料負担の割合を示す「国民負担率」は、平成6年(1994年)の34.9%から令和5年(2023年)には46.8%まで拡大しているのです。

一方で、デフレとは言えこの30年間、日本の物価は着実にアップしています。平成6年(1994年)の消費者物価指数は95.99ですが、それが令和4年に102.25、令和5年(2023年)だと105.54まで上がっています。

ちなみに、平成6年(1994年)時点では共働き世帯と専業主婦世帯の数は拮抗していましたが、その後は共働き世代が急増し、令和5年(2023年)には専業主婦世帯にダブルスコアをつけて圧倒しています。背景には女性の就業意識の変化や労働環境の整備、女性活躍に向けた支援の充実などさまざまなファクターがあるわけですが、夫婦がそれぞれ収入を得ていかないと生活や子供の教育において一定の水準がキープできないといった苦しい台所事情もあるように思えます。

給与や国民負担率、物価などの経済環境の面では、平成6年(1994年)の35歳の方が恵まれていると言えそうです。

ノーリスクで高金利を享受できたバブル世代

それでは、資産運用はどうでしょうか?

鍵を握るのが「金利」です。平成生まれの方には信じられないかもしれませんが、平成の初めのバブル時代には、長期金利の指標となる10年物国債の利回りが7〜8%という超高金利時代がありました。

銀行の定期預金の金利は5%を超え、貯蓄性の高い一時払い養老保険なら満期時には払い込んだ保険料が倍になって戻ってきたものです。冒頭の女性のお母様が推す学資保険では返戻率(受け取った学資金の総額÷払い込み保険料の総額×100%)が150%を超えたケースもありました。しかし、バブル破たん後の日本では金利が低く抑えられ、返戻率は下がり続けて今や100%割れが当たり前という状況です。

年利5%のスーパー定期10年物で1000万円を複利運用したとすると、満期に受け取る利息は税引き後で実に約501万円に上ります。女性のお母様にはこうした成功体験が刷り込まれているからこそ、預貯金や保険商品への信頼度が高いのでしょう。

金利を上げられない「日本の特殊事情」

令和6年(2024年)には日本でも金利の上昇が期待されていますが、専門家の見立てでは上がってもせいぜい1〜2%。米国のように政策金利5%というのは現実的ではないようです。背景には、日本の経済に米国ほどのダイナミズムがないことが指摘されています。

加えて、コロナ禍の業績低迷から脱却できない中小企業が多い中、融資の貸し出し金利の上昇は打撃となり、経営破たんのトリガーになりかねません。さらに国自体が2023年度末時点で過去最高となる1068兆円の国債残高(見込み額)を抱えており、利払いを考えると、そう簡単に利上げできない状況でもあります。

よって、運用においてもほぼノーリスクで高金利の恩恵を享受できた平成6年(1994年)の35歳の方が恵まれていたと言っていいでしょう。

もはや令和6年の35歳に勝ち目はないのでしょうか? そんなことはありません。

個人にとっては最高の令和の投資環境

令和6年(2024年)の35歳が断然有利なのは、投資環境ではないでしょうか。

非課税で資産形成ができるNISAの制度がスタートしたのは平成26年(2014年)です。さらに、令和6年からはご存じのとおり、制度が恒久化され、1人当たりの投資枠も生涯で1800万円(内、成長投資枠では1200万円)まで拡大されています。

昨年からは、NISAの大改正を見据え一部のネット証券で株式売買委託手数料が無料化されました。これは、かなり画期的な出来事だと思います。

各社横並びだった株式売買委託手数料が自由化されたのは平成11年。ネット証券を中心に手数料引下げ競争が勃発したのはそれ以降です。平成6年の個人投資家は、自由化前の一番高かった頃の手数料を負担して投資をしていたのです。

手数料の問題だけではありません。ネットの普及により、プロと個人投資家の情報や取引ツールの格差も年々縮小しています。何より、個人の投資対象はオルタナティブも含め、ここに来て大きく広がっている印象です。

わかりやすい例が、NISAの運用先として大人気の全世界株式型の投資信託です。1本だけで世界中の株式に分散投資したのと同じ効果が得られる大変便利な金融商品ですが、平成6年(1994年)の日本では利用できませんでした。

年金は少なくても“自分年金”を積み増せる

2024年は、5年に1度公的年金の現況と将来の見通しの検証を行う「財政検証」の年に当たります。日本の少子高齢化は想定以上に深刻で、将来もらえる公的年金においても令和6年(2024年)の35歳が平成6年(1994年)の35歳に勝てないことは確実です。

しかし、令和6年の35歳はNISAやiDeCo(個人型確定拠出年金)といった有利な国の制度を使って“自分年金”を作っておくことができます。

筆者が取材させていただく機会が多い投資のプロも、新NISAを「長期の資産形成に向けたとても良くできた制度」と評価します。

一方で、「制度を利用する側に知識や覚悟がないのが心配」とも指摘しています。「SNSやメディアで盛り上がっているのは、どの金融機関の口座がお得だとか、どの投資信託が有利だといった話ばかり。投資は“にわかNISA”で成功するほど甘くない」というのです。

生き馬の目を抜くようなマーケットの世界で何十年も仕事をしてきた方の発言だけに、説得力があるように思います。

「ほったらかし投資」は昭和や平成の発想

近年「ほったらかし投資」という言葉が流行っていましたが、言葉どおりには受け取らない方がいい気がします。基本的にほったらかしでOKなのはノーリスクの金融商品であり、そうした発想自体が預貯金や保険が資産運用の中心だった昭和や平成的です。

個人投資家を取材してきた経験からすると、大きく利益が出ている時には全部でなくてもある程度刈り取っておく方がいいと思いますし、投資がうまくいかない時には目をつぶるのではなく戦略の見直しをしたいところです。

先の専門家が指摘するのはまさにそこで、投資をする以上は覚悟を決めて取り組む必要があると言っているのです。

株式市場はここ10年ほど上昇トレンドが続いており、投資残高と成功体験を積み重ねてきた個人投資家の方が多いと推察します。しかし、本来は「上げるも下げるも相場」です。むしろリーマンショック後の長期の株価低迷期のような時こそ、投資家の真価が試されるのではないでしょうか。

令和6年の35歳の方々には、NISAブームに乗せられるのでなく、主体的にNISAを使いこなして長期の資産形成に役立てていただきたいと思います。

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