コラムVol.185 マネーライターの取材裏話――マネー誌に書かなかったこと&書けなかったこと 日本の首相指名より市場への影響大!どうなるアメリカ大統領選?

- 森田 聡子 (もりた としこ)
- 早稲田大学政治経済学部卒業後、地方紙勤務を経て日経ホーム出版社、日経BPにて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は書籍や雑誌、ウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に対し、難しい投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく「書く」(=ライティング)、「見せる」(=編集)ことをモットーに活動している。著書に『節税のツボとドツボ』(日経BP)、編集協力に『マンガ 定年後入門』(日本経済新聞出版社)、『教科書には書いてない 相続のイロハ』(日経BP)。
ハリス氏vs.トランプ氏、勝敗を分ける激戦7州の動向
1か月後の11月5日、2025年から4年間のアメリカの行方を決する大統領選挙が行われます。民主党はカマラ・ハリス副大統領、共和党はドナルド・トランプ前大統領が候補者に指名され、熾烈な選挙戦が繰り広げられています。
アメリカ大統領選では有権者による投票が州ごとに集計され、勝利した候補者がその州に割り振られた選挙人を獲得していきます。全米50州で538人に上る選挙人の過半数、270人を獲得した候補が大統領に選出される仕組みです。選挙人の割り振り方は州によって異なり、得票数で割り振る州もあれば、勝者が“総取り”する州もあります。
民主党、共和党共に強固な地盤を持ち、両者が拮抗して毎回激戦となるアリゾナ、ジョージア、ミシガン、ネバダ、ノースカロライナ、ペンシルベニア、ウィスコンシンの7州の投票の行方が勝利の鍵を握ると言われています。
「令和の大暴落」はアメリカの景気失速懸念が発端
アメリカの経済動向は、日本の金融市場にダイレクトに影響します。
8月初旬には、アメリカの雇用統計の数字が市場予想を大きく下回ったことから株式市場に生じたリセッション(景気後退)への不安が日本市場に飛び火し、日経平均株価の過去最大幅となる暴落(4451円)を誘発したことは記憶に新しいところです。
ハリス副大統領とトランプ前大統領が掲げる公約は対照的で、どちらが次期大統領に就任するかで日本の市場動向も大きく変わることになりそうです。
アメリカの株式が中心となるMSCIコクサイ・インデックスや、アメリカ市場のS&P500などの株価指数に連動する投資信託を購入している人なら、なおさら大統領選の行方が気になるところでしょう。
そこで今回は、2人の候補者が掲げる政策とそれによるアメリカや日本の経済、金融市場に与える影響を比較してみたいと思います。
ハリス氏は「強い中間層」復活への生活支援を重視
トランプ前大統領の「トリクルダウン(富裕層が潤えば、低所得層にもその富がこぼれ落ち、国全体が豊かになるという富裕層優遇の政策理論)」を猛批判するハリス副大統領の経済政策は、インフレに喘ぐ中間層の生活支援が中心です。
民主党の全米党大会での指名受諾演説では、「中間層に向けた減税法案の成立を目指す」と明言しました。この他、子供が生まれた人にはその後1年間で6000ドルの税額控除を実施する、マイホームを購入したい中間層世帯に業界と連携して300万戸を供給すると同時に“頭金”最大2万5000ドルを補助する、食品の便乗値上げを法的に規制するといった公約を掲げています。
ただ、ハリス副大統領が掲げるインフレ対策の効果は限定的で、大がかりなマイホーム支援はむしろ住宅価格の上昇につながる懸念があるという指摘もあります。
トランプ氏は「アメリカファースト」で関税強化
これに対し、トランプ前大統領の政策は政権担当時と同様、反グローバル、ポピュリズム(大衆迎合主義)的な色彩の濃い内容になっています。
まず、「アメリカファースト」の徹底した保護貿易主義。輸入品には10〜20%の関税を課し、特に中国からの輸入品は最大60%まで引き上げると広言しています。バイデン政権も中国との関係は決して良好とは言えませんが、トランプ氏復帰となるとまたぞろ米中対立で一触即発の緊張状態が生じる可能性があります。
さらに、対国内は大型減税に加えて規制緩和で個人消費の押し上げを図ります。トランプ前大統領は「インフレ抑制が最優先課題」と話しており、こうした施策によって目先アメリカの景気は良くなるかもしれません。しかし、結果的にはインフレを再燃させる可能性が高いと見られています。トランプ前大統領は移民審査を厳格化させる方針で、移民人口が抑制されるとサービス、医療、介護、チャイルドケアなどの分野を中心に賃金が上昇し、これもインフレの要因になります。
「政策が違い過ぎて、今後の見通しが全く立たない」
アメリカのインフレはドル高をもたらし、日本を含む諸外国のインフレを加速させます。インフレが進めば利上げなどの金融引き締め策が行われ、株価は下落しやすく、景気は悪化していくことになります。
よって、日本ではトランプ前大統領の再登板を警戒する動きがありますが、アメリカの財界には法人税減税を掲げるトランプ前大統領の支持者も一定数いるようです。たとえば、テスラのイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)は第2次トランプ政権の閣僚候補です。
しかし、多くの企業は「候補者2人の政策があまりに違い過ぎて、税制や関税などの見通しが全く立たない」と頭を抱えています。
では、日本の財界はどのように考えているのでしょうか?
イギリスの大手通信会社ロイターが8月に実施した日本企業へのアンケートでは、43%の企業が「ハリス副大統領が大統領になった方が望ましい」とし、トランプ前大統領を支持する企業は8%にとどまりました。46%は「どちらでも良い」という中立のスタンスです。
ハリス副大統領支持派では、「バイデン路線の継承により現状が維持され、将来の見通しが立てやすい」という意見が多勢を占めました。また、第2次トランプ政権となった場合、ドル高を招く経済戦略や、対中強硬策により中国事業の見直しが必要になるといった懸念点が挙がっています。
「もしハリ」でも「もしトラ」でも当面は注意が必要
年前半にはバイデン大統領がテレビ討論会で年齢的な不安を露呈する“敵失”もあって、「もしトラ(もしかしたらトランプ)」が「ほぼトラ(ほぼトランプ)」になり、さらに「確トラ(確実にトランプ)」と言われた時期もありました。
しかし、バイデン大統領に代わり、女性でアフリカと南アジアにルーツを持つ“多様性の時代”の象徴のようなハリス副大統領が民主党の候補者になったことで戦局は一変しました。今はどちらが勝ってもおかしくない「もしハリ」、「もしトラ」の状況です。
ハリス副大統領の経済政策は基本的にインフラやクリーンエネルギーへの投資を加速するバイデノミクスを承継すると見られますが、その手腕は未知数。「FRB(米連邦準備制度理事会)の金融政策が転換期に差しかかる中、不慣れな舵取りで株式市場の混乱や恐慌を招くリスクがある」といった声も聞かれます。
一方、「トランプ2.0」となった場合は、再びアメリカの財政赤字が拡大し、アメリカ国債が暴落(金利は上昇)するリスクがないとは言い切れません。そうなれば、今年、史上最高値を更新したばかりの金価格がさらに一段上昇する可能性もあります。
選挙から新大統領の就任まで、当面は“アメリカ発”の市場の変化を注視していく必要がありそうです。