コラムVol.186 マシュマロテストで考える「待つ力」〜子育てから投資まで

2024年12月10日
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小澤 良祐 (おざわ りょうすけ)
京都大学卒、大阪大学大学院博士課程修了。博士(学術)。株式や投資信託を始めさまざまな金融商品を運用する個人投資家、『ZUU online』などで投資の初心者に向けた記事執筆の担当を経て、2023年三菱UFJ信託銀行入社。「長期投資の威力」「家計の見直しから投資までトータルで考える」を普及させることが目標。2級ファイナンシャル・プランニング技能士。

目の前のケーキか1年後の体重か

目の前にはSNSで話題の洋菓子店、しかしあなたは現在ダイエット中・・・今食べたいケーキを取るか、将来のために我慢するか、あなたはどうするでしょうか?仕事、受験、健康など、時には将来の報酬のために目の前の報酬を我慢しなければならない場面があります。将来の資産を準備しようと思えば、収入の一部を投資に回したりする必要があるでしょう。将来の報酬はどうすれば待つことができるのか?今回は、心理学の世界で有名な「マシュマロテスト」を通じて考えてみたいと思います。

待てる子ほど成績が良くなる?

マシュマロテストは、1960年代にスタンフォード大学のウォルター・ミシェルにより始まった心理学実験です。対象は就学前の子どもたちで、1つのマシュマロを与えることから始まります。その際に「15分間食べないで待てばもう1つマシュマロがもらえるよ」と伝え、子どもを一人にします。そして実験者が戻ってくるまでの間、最初に与えられたマシュマロを食べずに我慢できた時間を測るというものです。

マシュマロテストが特に注目を集めたのはその後の追跡調査の研究*1です。十数年後の子どもたちを追跡すると、幼少期のマシュマロテストで長く待機できた子どもほど、自制心や思考力、さらにはアメリカの大学入試共通試験での点数が高いことがわかりました。

図表1 マシュマロテストと学業成績の関係*1
図表1 マシュマロテストと学業成績の関係*1

ここから、幼少期の認知的スキル(記憶力や処理速度など、知識を獲得し、それに基づく思考・推論で問題を解決する能力)だけでなく、自制心などの社会情動的スキル(自身を制御し、他者と協力しながら目的を達成する能力)にも注目が集まるようになりました。

図表2 認知的スキルと社会情動的スキルの枠組み
図表2 認知的スキルと社会情動的スキルの枠組み

出所:OECD(2015)*2より三菱UFJ信託銀行作成

待機時間は自制心を反映しているのか

幼少期に自制心を育てることが、将来の成績向上につながると考えられた訳ですが、マシュマロを待てることは本当に自制心を表しているのでしょうか?近年の研究では、自制心の影響はかなり小さいのではないかと考えられるようになってきました。

特に大きな影響があったのが、2018年の再現実験*3です。この研究でも就学前の子どもにマシュマロテストが実施され、その待機時間と15歳時点での学業成績との関係が調べられました。すると従来の研究同様に、マシュマロテストの待機時間と15歳時点での学業成績に相関が見られました。ただし、従来の研究より相関の程度は弱いものでした。そして興味深いのはここからで、この研究では子どもの社会経済的背景、たとえば親の学歴や家庭の年収なども調査され、こちらも15歳時点の成績と相関していました。

それではマシュマロテストの待機時間と社会経済的背景、15歳の学業成績に影響が大きいのはどちらなのか。両者をあわせて分析すると、社会経済的背景が大きな影響がある一方、マシュマロテストの待機時間は非常に小さい影響だとわかりました。つまり、待てる子ほど後の学業成績が良くなるのではなく、社会経済的背景がマシュマロテストの待機時間と後の学業成績に影響を与えていると考えられるのです。

また、マシュマロの待機時間を変化させることができるのかを試みた研究もあります。2013年の論文*4では、環境の信頼性が変われば、子どもたちの待機時間が変化することを示しました。この実験では、マシュマロテストの前に実験者と子どもたちで次のやり取りをおこないました。子どもたちに中古のクレヨンを渡し、「これを使うか、新品のお絵かきセットを取ってくるから待ってて」と伝えて部屋を出て、少しすると実験者が戻ってきます。このとき、条件A(Reliable)の子どもに対しては、実際に新品のお絵かきセットを持ってきます。一方、条件B(Unreliable)の子どもに対しては「間違えちゃった、他になかった」と伝え、最初に渡した中古のクレヨンを使ってもらいました。このように、条件Aでは実験者が信頼できることを子どもが経験するのに対して、条件Bでは実験者が信頼できない経験をします。

このやり取りの後マシュマロテストをおこなうと、条件Aでは長い待機時間が見られ、15分最後まで待つ子も多く見られました。一方条件Bでは待機時間が短く、最後まで待つ子も非常に少なくなりました。すなわち、待つことが合理的な環境であれば待つし、合理的でない環境では待たないことがわかりました。自制心だけの問題ではなく、待つことの戦略的合理性によっても左右されるのです。

「待つことが合理的」な経験を増やそう

社会経済的背景を環境の信頼性から解釈してみると、「マシュマロテストで待てる子は、待つことが合理的な戦略である環境にいる」と言うことができるかもしれません。子育てで考えてみますと、子どもの話しかけに対してちょっと待ってと後回しにして、結局そのまま聞かなかったとか、これをしたらおもちゃを買ってあげると言ったのに買わなかった(買えなかった)、というような場面がどうしても発生してしまいますよね(悪気は無くても、筆者もついやってしまっています・・・)。子どもを待てるようにするという観点で言えば、約束した報酬はしっかりと与え、待てば良いことがあるんだという経験を日々積み重ねていくことが重要となるでしょう。ここでいう報酬とは物に限らず、話を聞く、一緒に遊ぶといった経験も含まれます。些細なことでも良いので「ちょっと待ったら良いことあった」という経験を増やすことを意識したいものです。

投資で将来の資産を得るには

最後に、投資において将来の報酬(=資産)を得ることを考えてみましょう。資産形成の場面では一般的に、長期積立分散投資が推奨されます。長期で運用することが必要となりますが、いざ投資を始めてみると思ったように増えない、あるいは損失になっている口座を見て、早期にやめてしまうことも少なくありません。リスク資産にはそのような変動がつきものであることの認識が不足している場合もあるでしょうが、長期的に利益になるという信頼度が低いこともあるのかもしれません。

マシュマロテストの実験では、テストと類似の場面(クレヨンを使わずに待てばお絵かきセットがもらえる)を予め経験させることで信頼度を上げ、長く待てるようになりましたが、長期投資に対する信頼度を上げるにはどのような方法が考えられるでしょうか。一つは、長期で運用することで利益になりやすいことと、その「長期」とはどのくらいなのかを認識することではないでしょうか。1年や5年ではなく、20年や30年運用を続けることで、安定した運用成果が期待できます。この時間軸を認識しておくべきでしょう。もう一つは、長期投資を疑似的に体験できると良いかもしれません。20年30年の運用をそのままに体験することは不可能です。一方で、運用シミュレーションやバックテストでは「待つ」という時間的な感覚は得られないでしょう。そこで、20年30年の運用を1年かけて、つまり20倍速30倍速で長期積立投資を体験するのです。長期的な変動の経過を、時間的感覚を伴って経験することで、長期投資への信頼度を上げることができるかもしれません。

子どもがマシュマロテストを受けている光景はとても微笑ましく、海外では自身の子どもで実験している動画がYouTubeなどで数多く見られます。マシュマロテストの追跡調査は社会的にも目を惹くもので話題となりました。しかしその後の研究から、単に自制心を測るテストなのではなく、社会経済的背景や環境の信頼性などさまざまな要因が反映されていることがわかってきました。目の前のケーキを我慢してなりたい自分になれた、そんな経験を日々の些細なことでも意識し、増やしてみてはいかがでしょうか。

<参考文献>

  • *1 Shoda, Y., Mischel, W., & Peake, P. K. (1990). Predicting adolescent cognitive and self-regulatory competencies from preschool delay of gratification: Identifying diagnostic conditions. Developmental Psychology.
  • *2 OECD (2015). Skills for social progress: The power of social and emotional skills, OECD skills studies. OECD Publishing.
  • *3 Watts, T. W., Duncan, G. J., & Quan, H. (2018). Revisiting the marshmallow test: A conceptual Replication investigating links between early delay of gratification and later outcomes. Psychological Science.
  • *4 Kidd, C., Palmeri, H., & Aslin, R. N. (2013). Rational snacking: Young children’s decision-making on the marshmallow task is moderated by beliefs about environmental reliability. Cognition.

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