コラムVol.62 マネーライターの取材裏話――マネー誌に書かなかったこと&書けなかったこと 日本の“メディケア・フォー・オール”に思うこと

2020年4月23日
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森田 聡子 (もりた としこ)
早稲田大学政治経済学部卒業後、地方紙勤務を経て日経ホーム出版社、日経BPにて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は書籍や雑誌、ウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に対し、難しい投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく「書く」(=ライティング)、「見せる」(=編集)ことをモットーに活動している。著書に『節税のツボとドツボ』(日経BP)、編集協力に『マンガ 定年後入門』(日本経済新聞出版社)、『教科書には書いてない 相続のイロハ』(日経BP)。

日本の“メディケア・フォー・オール”に思うこと

「会社を辞めた翌年は、住民税や健康保険の保険料に気を付けましょう。」
そんな原稿を、これまでに何十回となく書いてきました。住民税や健康保険の保険料は前年の所得をベースに算出した後、徴収されるためです。いざ自分がその立場になったときには、住民税の納税資金も用意し、万全のつもりでした。しかし、思わぬ誤算となったのが、国民健康保険(国保)の保険料です。
会社員の場合、退職後2年間は会社の健康保険に「任意継続被保険者」として加入することができます。付加給付や人間ドックの割引制度などを考えれば任意継続に分配が上がるのですが、その際の保険料は労使折半ではなく全額自己負担になります。収入ダウンが前提なら、2年目の保険料は国保の方が安上がりなのではないかという浅知恵で、国保を選んだのです。
しかし、現実はそう甘くはありませんでした。

2019年1月末で退職し、2月から国保の加入者になったわけですが、早速届いた保険料の支払い通知書を見て唖然としました。年度末まで2カ月分の請求額が19万円超!2〜3月で健康保険を利用したのは歯科治療が2回(自己負担は4200円)だけだったので、仮に国保に加入せず、治療費を全額負担したとしても1万4000円で済んでいたはずです。
しばらくして通知された2020年度の保険料も、案の定、住民税に匹敵する額でした。会社員時代は給与から天引きされていたこともあり、さして気にならなかった保険料が、毎月生活口座から、しかもかなりの額で引き落とされるようになると相当なプレッシャーになることを、身を以て理解した次第です。また、国民保険は健康な若い世代が国保を敬遠する気持ちも分からないでもありません。

とはいえ、国保は国保で大変な懐事情を抱えています。支出の50%は保険料収入で賄うことになっていますが、被保険者の多数を占めるのが年金受給者や保険料の減免を受けている低所得者とあって、“正規”の保険料を払っているのは約3割に過ぎず、毎年、巨額の赤字を計上しているのです。

もとより発足当時、国保は農林水産業従事者や自営業者のための健康保険制度だったはずですが、急速な少子高齢化や産業構造の変化を受け、今や、こうした“保険料の担い手”は少数派になってしまいました。その結果、前述のように被保険者は、年金所得者を含め無職層が多くなり、会社の健康保険などに比べると中所得層以上の負担が大きくなっているのです。
その意味ではもはや、国保も公的年金と同様、“現役世代がリタイア世代を支える制度”と捉えるべきなのでしょう。

ただ、国保には保険料の地域間格差という問題もあります。一般的に都市部よりも保険財政の逼迫した地方の方が保険料負担は重くなる傾向があり、数年前にマネー誌で田舎暮らしの取材をした際にも、地方のデメリットとして「国保の保険料が高い」ことを挙げた方が何人かいらっしゃったことを記憶しています。

具体的な数字を見てみましょう。2017年度には平均所得者の保険料水準を表す標準化指数の都道府県格差が最大1.4倍、市町村間格差は同3.4倍に上っています(厚生労働省「市町村国民健康保険における保険料の地域差分析」による)。都道府県別では安い方から埼玉県の10万2533円、神奈川県の10万3669円、愛知県の10万6055円となり(東京都は4位)、最も高いのは徳島県の14万5629円で、以下、佐賀県の14万3079円、山形県の14万2577円が続きます。
原則論として、病院を利用する頻度の高い高齢者の割合が大きいほど収支は悪化し、保険料が上昇します。自治体の財政状況にも左右されるでしょう。とはいえ、地方での医療崩壊リスクが叫ばれる中、医療インフラの充実度と国保の保険料負担が逆相関という現状には首肯しかねます。

そこで、こうした地域間格差を是正するため、2018年度からは市町村が担っていた財政運営を都道府県に移管し、市町村が徴収して納めた国保の保険料を、都道府県が高齢化の進行などに配慮しながら各市町村に分配するスタイルへと転換を図りました。
結果として、従来は市町村によってまちまちだった保険料の算出方法が、世帯の人数に基づく「均等割」と、世帯収入に基づく「所得割」によるもの(二方式)に統一される方向にあるなど透明化が進んでいます。将来的には、同じ都道府県であれば同じ保険料となり、地域間格差も縮小していくのかもしれません。

さて、これも私事ですが、米国に20年近く住んでいる友人がいて、時折、電話やメールでやり取りをしています。新型コロナウイルス問題が世界を席巻する前の話題は、なんといっても4年に1度の大統領選挙でした。勤務先が教育機関ということもあり、彼女の周囲には民主党候補の支持者が多いようです。
彼女がよく言うのが、「クリントンやオバマもなし得なかったメディケア・フォー・オール(国民皆保険)を、半世紀以上も維持している日本はすごい」ということです。確かに、米国の医療難民がいかに多数に上り、深刻な社会問題となっているかという話を何度も聞かされると、日本人に生まれたことに感謝しなければという気持ちになります。
しかし、同時に今、その国民健康保険の制度は時代の変化と共に大きな岐路に立たされていることも、忘れてはならないと思うのです。

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