コラムVol.67 マネーライターの取材裏話――マネー誌に書かなかったこと&書けなかったこと 株式市場の“シロナガスクジラ”GPIFへの誤解

2020年5月29日
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森田 聡子 (もりた としこ)
早稲田大学政治経済学部卒業後、地方紙勤務を経て日経ホーム出版社、日経BPにて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は書籍や雑誌、ウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に対し、難しい投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく「書く」(=ライティング)、「見せる」(=編集)ことをモットーに活動している。著書に『節税のツボとドツボ』(日経BP)、編集協力に『マンガ 定年後入門』(日本経済新聞出版社)、『教科書には書いてない 相続のイロハ』(日経BP)。

株式市場の“シロナガスクジラ”GPIFへの誤解

金融のニュースや記事でしばしば目にする、「クジラが動いた!」という表現。いきなりクジラと言われても、何のことだかさっぱり分からないという方もいらっしゃるかもしれません。
クジラとは資金力のある公的機関投資家の比喩で、日本の株式市場には「日本銀行」「共済」「ゆうちょ銀行」「かんぽ生命保険」「GPIF」の5頭が生息しています。クジラの好物は「JPX日経インデックス400」(投資魅力の高い日本企業400社による株価指数)の構成銘柄で、これらの株価が割安だったり、コロナショックのように市場全体が急落したりした時に姿を現しては、巨額の資金で胃袋を満たし、相場を下支えするのです。

今回取り上げるのは5頭の中でも頭1つ抜けた存在で、世界最大級の運用資産額を誇る“シロナガスクジラ”、GPIFです。正式名称は「年金積立金管理運用独立行政法人」と言い、私たちが支払った年金保険料の管理・運用を預託されている機関になります。
GPIFが現在のように市場で注目を集めるようになった背景には、2014年に第二次安倍政権の成長戦略「三本の矢」の一環として、運用資産の目標値における株式比率を50%(外国株式25%、国内株式25%)に引き上げたことがあります。結果、その後の株価上昇に大きく寄与しており、アベノミクス相場の立役者の1人(1頭?)と言えるかもしれません。

公的年金の取材を手掛けるようになって、友人や知人から「日本の年金制度って大丈夫なの?」と尋ねられることが増えました。多くのケースでその根拠になっているのが、しばしばメディアに登場するGPIFの運用難です。
直近では4月上旬、主要メディアは「GPIFの2020年1〜3月の損失額が四半期として過去最大になった」ことを報じました。コロナショックがここにも影を落としているわけです。「これは来るな〜」と思っていたら案の定、同級生から「年金いよいよヤバイ」というメールが届きました。
しかし、個人的には「それはちょっと違うんじゃないの」という思いもあります。

そもそも、年金額は法律により定められています。毎年見直しが行われ、2020年度は0.2%引き上げられました。年金額には物価上昇分が反映されますが、仮に物価が1%上がったとしても、年金額は半分の0.5%しか増えない可能性があります。といっても、それはGPIFの運用難によるものではなく、「マクロ経済スライド」が発動した結果です。年金制度を維持するために、日本人の平均余命や、保険料を負担する現役世代人口の趨勢に応じて年金額の伸びを調整しているのです。

もちろん、長期的にはGPIFの運用が年金財政に影響を与えることになるでしょう。
そこでGPIFの年度ごとの運用状況を見てみると、株式の組み入れ比率を高めた後も2015年度を除いてプラスを出しており、2001年度から2019年度第3四半期までの累積では収益率が+3.23%、収益額が+75.2兆円。コロナショック後が気になるところではありますが、直前の時点ではそれほど悲観的な数字とは思えません。
好調な時よりも運用難の時の方がメディアに大きく取り上げられてしまうのは、人目を引きやすいシロナガスクジラの宿命なのかもしれません。

将来の受益者としてGPIFの動向をウオッチすることも大切ですが、とりわけ現在40代以下の方は、ご自身の年金について別の心配をした方がいいように思います。先ほども少し触れたインフレ対策です。
マクロ経済スライドが存続する限り、これからの年金額は物価上昇分を正確に反映するものにはなり得ません。ということは、運良く将来親世代と同額の年金を受給できたとしても、その頃の物価が今の5倍、10倍になっていたとしたら、親よりもぐんと生活水準を落とさなければ暮らしていけないのです。
いわゆる氷河期世代以下はインフレの実体験がなく、「給料が上がる」とか「預貯金の利息が高くなる」といったインフレに対するポジティブな印象しか持っていない方が多いようです。しかし、インフレには「貨幣価値が下がる」というデメリットもあり、とりわけ収入の手段が限定される年金生活者には、それが重くのしかかります。

先進国では、第一次世界大戦後のドイツで勃発したハイパーインフレが有名です。1カ月で物価が約300倍に膨れ上がり、「トランク1杯分の紙幣(5000マルク)を要する喫茶店のコーヒー代が、飲み終わる頃にはトランク2杯分(8000マルク)になっていた」という“笑えない笑い話”がまことしやかに語り継がれています。1980年代以降もブラジルやアルゼンチンなどでハイパーインフレが発生し、深刻な経済危機をもたらしました。

日本ではデフレが長期化していますが、そもそも経済は変動するものですから、遅かれ早かれ、インフレはやって来ます。ドイツや南米クラスにはならなくても、年金と現預金のストックだけでは、急激なインフレに適応できないかもしれません。
そこで、インフレに強いと言われるのが、株式と、不動産・ゴールドなどの現物資産です。これらは手元にまとまった資金がないと投資ができないイメージがありますが、株式投資信託やETF(上場投資信託)、REIT(不動産投資信託)、金ETFなどを使って毎月少額ずつ積み立てていくことも可能です。資産の一部をこうした金融商品で持っていれば、いざという時の“お守り”になってくれそうです。

昨年の「年金だけでは老後資金が2000万円足りない」問題以降、若い世代にもご自身の老後のライフプランを真剣に考える方が目に見えて増えてきています。ただし、運用期間が長くなるほどインフレリスクも高まるわけで、だからこそ、将来に向けた資金準備を検討する際には、こうしたインフレ対策のことも頭の隅に入れておいていただきたいのです。

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