コラムVol.104 マネーライターの取材裏話――マネー誌に書かなかったこと&書けなかったこと 「株価3万円」と「金本位制」と「大河」

2021年3月23日
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森田 聡子 (もりた としこ)
早稲田大学政治経済学部卒業後、地方紙勤務を経て日経ホーム出版社、日経BPにて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は書籍や雑誌、ウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に対し、難しい投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく「書く」(=ライティング)、「見せる」(=編集)ことをモットーに活動している。著書に『節税のツボとドツボ』(日経BP)、編集協力に『マンガ 定年後入門』(日本経済新聞出版社)、『教科書には書いてない 相続のイロハ』(日経BP)。

「株価3万円」と「金本位制」と「大河」

2021年2月、日経平均株価が実に30年半ぶりに3万円の大台を回復しました。値動きの激しい相場ゆえ楽観はできませんが、専門家からは「5万円乗せも夢ではない」という強気の予想も出ています。
リーマンショック後、日経平均が一時的とはいえ7000円を割り込んだときは、自分が生きている間にバブル時の高値(3万8957円)に届くことはないだろうと思いました。それがわずか12年後の今、にわかに現実味を帯びてきたわけですから、本当に相場は何が起こるか分からないものです。

しかし、今の株高をバブル期と同列で論じるのは少々違う気がします。何より今は、日常生活に好景気の実感がほとんどありません。40代以上の方ならご記憶かもしれませんが、バブル期、東京ではウォーターフロントの開発が進み、BMWやシーマ、ソアラといった高級車が飛ぶように売れ、ジュリアナ東京に代表されるディスコブームが起きるなど、日本中が好景気に沸きました。これに対し、今は昨年来のコロナ禍収束のメドすら立たず、大きな経済的不安を抱えている方のほうが多いのではないでしょうか。

この、「株高だけれど好景気ではない」パラドックスを生み出しているのが、世界的な大規模財政出動による金余り現象です。全開した蛇口から噴き出すマネーが、大きなうねりとなって投資商品に流入しているのです。
コロナ禍は「有事」ですから、財政収支の悪化なんて気にしていられない、経済を止めないためにもお金の流れを止めてはいけない、といったところでしょうか。しかも、国家や中央銀行には、いざとなったら新札を刷ればいいという“奥の手”があります。

お金の流通量が急激に増えれば、必然的にその価値は薄まります。これまでは1000円で食べられたランチに1200円、1500円を払わなければならなくなるわけです。バブル崩壊後の日本では長くデフレが続いたので、こうしたインフレの話をしても実感を伴わない方が多いかもしれません。一方で、専門家の中からは「金本位制を復活せよ」といった声すら上がっています。
「復活」と言っているように、日本でも一時期、金本位制を採用していた時代がありました。個人的な思いもあってすっかり前置きが長くなってしまったのですが、今回はその金本位制にまつわるエピソードを少しばかりご紹介したいと考えています。

その前に、「そもそも金本位制って何?」と思われた方もいらっしゃるでしょう。簡単に言ってしまうと、金本位制とは「国家が自国の通貨を一定比率で金と交換することを保証する制度」のことです。交換に応じるために、中央銀行は発行した通貨の分の金をプールしておく必要があります。
地球上に存在する金の量は限られますから、金本位制下で新札をどんどん発行するわけにはいきません。これだけ経済が拡大した中で金本位制を復活させるのはさすがに現実的でないと思いますが、先の専門家の方々は「ばら撒き財政への警鐘」という意味で、金本位制という言葉を出したのではないでしょうか。

さて、日本で金本位制が完全実施されたのは1897(明治30)年のことです。その前に日本は日清戦争に勝利し、清国から当時の日本の国家予算の4倍にも相当する巨額の賠償金を手にすることになりました。日本はこれを、英国のロンドンで、ポンド建てで受け取ります。そして既に金本位制を採用していたかの地で金に換えて大阪造幣局に持ち込み、金貨を鋳造したのです。

それまでの日本は実質銀本位制。移行前には、官民の代表者による「貨幣制度調査会」でその見直しが検討されました。調査会の出した結論は「貨幣制度は改正する必要がある」でしたが、委員による採決は、改正派が8票、現状維持派が7票という際どいものだったようです。
そこに登場したのが、日本銀行を設立し、紙幣発行権を一元管理する体制を築いた辣腕宰相・松方正義。「英国や米国など西洋列強が次々と金本位制に移行しているのだから、日本も追随してそうした国々との貿易を増やしていかないと、将来の経済発展はあり得ない。いつまでもアジアでの貿易にこだわっていてはダメだ」と、金本位制実施をゴリ押ししたのです。
ちなみに、松方が明治天皇に金本位制移行に関する意見書を提出したとき、明治天皇から届けられた勅語には、「あなたの言うことは正直難しくてよく分からないが、これまであなたが手掛けた政策で成功しなかったものはない。だからあなたを信頼して裁可する」とあったそうです。
明治天皇からも絶大な信頼を得ていた松方が明治財政のトップリーダーだとしたら、当時の財界のトップリーダーが、大蔵省を辞めて野に下り、既に銀行家・実業家として目覚ましい活躍を遂げていた渋沢栄一です。言わずと知れた“新1万円札の顔”であり、2021年NHK大河ドラマ『青天を衝け』の主人公ですね。
では渋沢は金本位制をどう考えていたのかというと、実施には懐疑的な立場だったようです。当時は国際銀価格が低下傾向にあり、結果として日本円は特に西洋諸国の通貨に対して割安になっていました。円安は絹糸や緑茶などの輸出に有利に働きます。財界からすれば、「何も今、わざわざ円安メリットを捨ててまで金本位制に移行することはないだろう」という思いがあったのではないでしょうか。

松方と渋沢、金本位制に関して結果的にどちらの見解が正しかったのか言及するのは困難を極めます。そもそも明治の財政政策はトライアンドエラーの連続で、大きなインフレやデフレも発生させてしまっています。半面、政策自体が今のように複雑だったり複合的だったりしないので、経済や金融の仕組みを理解しようとする際に大いに参考になるのも事実です。

さらに、この時代、財政の分野では松方のほか高橋是清や井上準之助、財界では渋沢に加えて岩崎弥太郎、“大阪の渋沢”こと五代友厚など実に個性豊かで人間的魅力に溢れた経済人が数多く登場しています。
『青天を衝け』では、同じNHKの朝の連続テレビ小説『あさが来た』に続いて、五代役を俳優のディーン・フジオカさんが演じることが公表されていますが、他のキャストは未発表のものが多いようです。クセのある経済人たちを誰が演じるのかも含めて、日本経済の黎明期を振り返るという観点から『青天を衝け』をウオッチしていくのも面白いかもしれません。

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