コラムVol.110 マネーライターの取材裏話――マネー誌に書かなかったこと&書けなかったこと 今しかできない「実家対策」

2021年5月25日
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森田 聡子 (もりた としこ)
早稲田大学政治経済学部卒業後、地方紙勤務を経て日経ホーム出版社、日経BPにて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は書籍や雑誌、ウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に対し、難しい投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく「書く」(=ライティング)、「見せる」(=編集)ことをモットーに活動している。著書に『節税のツボとドツボ』(日経BP)、編集協力に『マンガ 定年後入門』(日本経済新聞出版社)、『教科書には書いてない 相続のイロハ』(日経BP)。

今しかできない「実家対策」

ゴールデンウィーク直前、空き家問題の取材を手掛ける中で、驚きのニュースが飛び込んできました。京都市の「持続可能なまちづくりを支える税財源の在り方に関する検討委員会」が、空き家や別荘など定住者がいない住宅の所有者に課税すべきだという提言を行ったのです。

空き家を維持するためには、固定資産税に加え、水道光熱費、空き家管理サービスの利用料など、それなりのコストがかかります。筆者の周囲にも空き家となった実家を相続した人が何人かいますが、うち一人のケースだと、空き家関連の出費は年間約20万円にも上るとのことでした。誰しも好き好んで空き家の所有者になったわけではなく、20万円でも音を上げているのに、その上に新たな税負担が生じたらたまりません。
もっとも、京都市には京都市の事情があるようです。近年、富裕層などの投資マネーが人気の安定した京都市内の物件へと向かい、地価が高騰しました。結果として市内に住み続けることが困難になった若年人口の流出が続いており、提言は、こうした状況の是正を意図したものと思われます。
一方で、放置空き家に悩まされている自治体は少なくなく、「京都市がやるなら……」とこうした動きが拡大したら、空き家オーナーには災難以外の何物でもありません。

さて、京都市のニュースを目にしても「空き家なんて自分には関係ないから」と思われる方がほとんどでしょう。実はそうでもないことを、あるファイナンシャルプランナーがマイホームの購入を検討している若いご夫婦から相談を受けた際のお話から、ご説明していきたいと思います。
ご夫婦は共に一人っ子で、実は奥さんのご両親も一人っ子同士の結婚だったという話題でしばし盛り上がったのだそうです。しかし、ファイナンシャルプランナーがその後ふと漏らした言葉が、相談の流れを一気に変えました。「では、奥様は将来、父方と母方の祖父母と父母、合計で3軒の家を相続する可能性が高いわけですね。ご主人にも父母の家が回ってくるわけですから、お二人は潜在的に4軒の家を所有していることになりますね」
これを受けて奥さんが「都下の祖父母の家や実家は幼少時からの思い出が詰まった場所。近い将来、自分たちが暮らしてもいい」と言い出し、ご主人は「それなら今無理してマイホームを買うことはないんじゃないの」と応戦。都心のオフィスへのアクセスがいいマンションを購入したいというご夫婦の計画は、あっけなく頓挫したということです。

現在の50代以上は持ち家率が高く、子どもの人数が減っている中で、あなたが承継者となる確率は決して低くないはずです。コロナ禍の今はともかく、毎年盆暮れには帰省している実家も、兄弟姉妹の誰かが住まないのであれば何十年か後には空き家になっているかもしれません。空き家問題は決して他人事ではなく、多くの人が内包するリスクと言えるでしょう。
直近のデータによると、日本の総住宅数に占める空き家の割合は過去最高の13.6%となっています(総務省統計局「住宅・土地統計調査」2018年)。とりわけ増えているのが、実質的に管理されていない空き家です。テレビの情報番組などで時折取り上げられる「ゴミ屋敷」や「倒壊寸前の家」など放置空き家が社会問題化して久しく、2015年5月には「空家等対策の推進に関する特別措置法」が施行され、空き家所有者には適切な管理を行うことが義務付けられました。
同法に基づいて倒壊の危険がある等の近所迷惑な空き家は「特定空家」に指定され、行政の介入を受けます。指定を受けると土地の固定資産税を6分の1に軽減する小規模住宅用地の特例が適用されなくなり、最終的には強制的に空き家を解体してその代金を請求されることもあります(行政代執行)。しかし、行政代執行の実施は2018年度までに累計で41件にとどまるなど、この法律自体があまり効果を上げていないのが実状です。
むしろ近年、空き家対策の分野で目覚ましい変化を遂げているのが、空き家の賃貸や再利用の分野です。ひと昔前までは自治体や地域団体、特定非営利活動法人(NPO法人)などしか興味を示さなかったこの分野に、ベンチャー企業や一流企業が次々と参入。空き家の用途は、シェアハウス、民泊、旅館、店舗、カフェ、イベントスペース、介護施設などへと大きく広がっています。
しかし、一般的な物件と同様、ここでも空き家の立地や状態などがモノを言います。さらに、条件のいい空き家であっても、用途地域による建築物制限などで、にっちもさっちもいかなくなる場合があります。全ての空き家所有者がハッピーなソリューションを見いだせるわけではなく、むしろ、依然として「売れない」「貸せない」「再利用できない」の三重苦に悩まされている所有者のほうが多いのです。

今回、何人かの空き家の専門家に「最大多数に最も効果的な対策は何でしょう」と尋ねたところ、返ってきた答えは皆同じでした。「空き家をつくらないこと」です。逆説的な表現と受け取られるかもしれませんが、条件の悪い空き家にはそれほど打つ手がないということです。
西郷隆盛の言とされる「子孫に美田を残さず(実際の言葉は『児孫のために美田を買わず』)」という諺がありますが、昨今ならさしずめ「子孫に空き家を残さず」でしょうか。そのためには、祖父母や父母が元気で認知機能にも問題がないうちに、今住んでいる家を住まなくなった後にどうするつもりなのか、確認しておくことが大切です。そして、「お前に譲る」と言われたら、「気持ちはすごくうれしいけれど、将来自分が住むことはないと思うよ」とやんわりと、しかし、しっかりと、自分の意思を伝えましょう。
子には迷惑をかけたくないと思うのが親心。存命中に自宅を処分するなり、遺言書を作成して第三者に遺贈するなり、何らかのアクションを起こしてくれる可能性は高いと思います。
実際に空き家所有者となった人たちの取材からは、空き家管理にかかる手間や精神的な重圧など、コストの問題だけでは済まされない負担の大きさをひしひしと感じました。だからこそ、「最大多数に最も効果的な対策」が打てる段階にある人なら、実行しておくに越したことはないと思うのです。コロナ収束後の久しぶりの帰省は、祖父母や父母と腹を割った話をするいい機会になるかもしれません。

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