コラムVol.132 敵は本能にあり:へそ曲がりの『投資の考え方』第16回 何故、江戸時代の相場格言は今でも刺さるのか?

2022年1月31日
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荒 和英 (あら かずひで)
1982年三菱信託銀行(当時)入社。1985年より為替ディーラー、ファンドマネージャー、エコノミストなど、資産運用の最前線で投資業務に携わる。25年以上にわたるキャリアを生かして、2011年からマーケットレポートの執筆や投資に関するセミナー講師、TV出演(BSジャパン「日経モーニングプラス」)や執筆活動(『資産活用いろはかるた“い”の巻、“ろ”の巻』)などを精力的に行っている。

「バブルと煙は高いところへ上る(元句:馬鹿と煙は高いところへ上る)」

大坂の堂島で米相場が始まり、世界初とも言われる「先物取引」が行われたのは、1730年頃の江戸時代でした。「相場格言」とは、米相場の教訓をもとに投資の心得や戒めなどが短い言葉でまとめられたもので、現代の株式・為替相場でも大いに参考になります。何故なら、米でも株式でも為替でも相場の最終判断をするのは人間であり、人間の心理は古今東西を通じて大きく変わっていないからです。

図表1 リーマン・ショック前後の日経平均株価推移(上昇トレンド時の相場格言)
図表1 リーマン・ショック前後の日経平均株価推移(上昇トレンド時の相場格言)

出所:日本経済新聞社データより三菱UFJ信託銀行作成

本日は、順張り・逆張り投資に関する相場格言をご紹介しますが、順張りについては、図表1「T上昇トレンドにおける順張りの勧め」のように米国ウォールストリートの相場格言が目立っています。@「Trade in the direction of the trend.(トレンドの方向に沿って売買せよ)」は、「上昇相場で買い、下落相場で売る」という順張りの基本動作であり、上昇トレンドに上手く乗ることができれば、A「A rising tide lifts all boats.(上昇相場では、何を買っても儲かる)」ということ。一方、上昇トレンドで注意が必要なのはバブルを経て暴落相場に至る危険性であり、「U上昇トレンド継続時の戒め」として、B「上げにつれて買い玉(ぎょく)細くすべし」やC「相場の金と凧(たこ)の糸は出しきるな」のような日本の相場格言は、どれだけ上昇が続いても調子に乗らず、購入金額を冷静にコントロールする必要性を教えてくれます。

上昇トレンドにおける最大の悩みはトレンドが終わるタイミングを予想できないことであり、「V相場ピーク圏の注意点」として、D「頭と尻尾はくれてやれ」は欲張らずにほどほどの価格で満足する大切さを説いています。また、利食い売りをするかしないかで悩んでいるうちに売り場を逃してしまう失敗は一種の「投資あるある話」で、そういう時はE「利食いに迷わば半手仕舞い(てじまい)」と半分だけでも利食い売りすることが勧められています。実際の所、一部でも利益を出すと気分はだいぶ楽になるものですが、その後上昇が続くと直ぐに買い戻したくなってしまうのも「投資あるある話」。但し、ここで買い戻すと利食い売りの意味がなくなってしまうため、F「利食い金には休養を」は頭を冷やすインターバルの重要性を説いています。

「飛んで暴落に入る逆張り投資(元句:飛んで火に入る夏の虫)」

相場のトレンドが上昇から下落へ転じているのに、上昇トレンド継続中と思い込んでしまうことは珍しくありません。しかし、このトレンド転換に気が付かないと、前回「何故、日本の個人投資家は逆張りをするのか?」で書いた、逆張りで思わぬ損失をする危険性が高まってしまいます。

図表2 リーマン・ショック前後の日経平均株価推移(下落トレンド時の相場格言)
図表2 リーマン・ショック前後の日経平均株価推移(下落トレンド時の相場格言)

出所:日本経済新聞社データより三菱UFJ信託銀行作成

図表2を見ると、4年以上かけて8000円から18000円まで上昇した日経平均株価は、2007年半ばをピークに上昇から下落へトレンド転換した後、2年足らずで7000円へ急落しました。G「登り百日、下げ十日」という相場格言のように、上昇トレンドは逆張りの利食い売りがブレーキとなってゆっくりと進みますが、一度下落トレンドへ転換すると、長い間買い溜めてきた順張り投資家が一斉に売りを出すことで相場は急落するのです。この売却タイミングはH「恐怖が来るのは、晴天の霹靂(へきれき)のごとし」と予想できないため、I「売りの迷いは即刻売り」は、相場急落リスクに備えて売却する時は迷わず直ぐに実行した方が良いと教えています。

逆張りを続けている人は、相場ピーク圏で上手く売れたとしても、その後の急落相場へ自ら飛び込んでしまう危険性に注意が必要です。たとえば図表2において、上昇トレンド中のA時点の押し目買い(相場下落時の買い)は、その後に利食い売りの時間的な余裕がありますが、下落トレンド転換後のB・C時点で押し目買いをすると、利食い売りのチャンスは限定的。もし、利食い売りができないまま急落に巻き込まれると、それまで積み上げてきた儲けを一気に吐き出してしまうこともあるため、米国の相場格言は、下落トレンド中の買いをJ「Don't catch a falling knife.(落ちてくるナイフに手を出すな)」と戒めているのです。

このような急落に巻き込まれる事態を回避する最善策はトレンド転換をいち早く察知することですが、それができれば苦労はしないため、相場格言が説く現実的な対応策は、K「Cut your losses short.(損切りは早目に)」やL「損玉を決断早く見切ること、これ相場の神仙と知れ」という素早い損切り売りです。そもそも、順張りと逆張りに関係なく、短期売買で勝負する投資家にとって機動的な損切り売りは必須要件で、M「素人は買い、玄人(くろうと)は売り」は、短期売買の結果を左右する売りの重要性を説いています。次回は、逆張りを好む日本の個人投資家にとって参考になる、長期の順張りと短期の逆張りを組み合わせる機関投資家の年金運用手法について考えてみます。

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