コラムVol.137 敵は本能にあり:へそ曲がりの『投資の考え方』第17回 投資の「ポートフォリオ理論」は、儲かるのか?

2022年3月10日
コラム執筆者の写真
荒 和英 (あら かずひで)
1982年三菱信託銀行(当時)入社。1985年より為替ディーラー、ファンドマネージャー、エコノミストなど、資産運用の最前線で投資業務に携わる。25年以上にわたるキャリアを生かして、2011年からマーケットレポートの執筆や投資に関するセミナー講師、TV出演(BSジャパン「日経モーニングプラス」)や執筆活動(『資産活用いろはかるた“い”の巻、“ろ”の巻』)などを精力的に行っている。

「長い投資には巻かれろ(元句:長いものには巻かれろ)」

私は1985年より運用業務に従事してきましたが、最初の為替ディーラー部署から次の年金運用部署に異動した時は、運用の中身があまりにも違うことにビックリしました。特に驚かされたのは、年金運用で重要な役割を果たす投資理論の存在。それまで直感頼りの為替ディーラーだった私は、「投資の世界に、理論なんてあるのか?」と首をひねったものです。投資理論を習得すれば、簡単に儲かるものなのでしょうか?

年金運用が一般的な投資と大きく異なる点は、年金掛金を運用し続けなければならない半永久的な投資期間の長さと、老後生活を支える大切な年金資金の運用で無理はできないという性格です。たとえば、数年以内の売買で儲けようとする一般的な短期投資は、相場予測に基づき「安く買って高く売る」ことを目指す中、最終的な投資成果は予測精度にかかってきます。一方、投資期間が非常に長い年金運用の場合、遠い将来の予測自体が困難であるため、大切な年金資金をイチかバチかの予測で運用する訳にはいきません。それでは、年金資金はどのように運用されているのでしょう?

図表1 世界全体の経済成長と国際分散投資シミュレーション(1990年=100で指数化)
図表1 世界全体の経済成長と国際分散投資シミュレーション(1990年=100で指数化)

出所:「国内債券:FTSE世界国債インデックス(日本)」、「国内株式:配当込みTOPIX」、「外国債券:FTSE世界国債インデックス(除く日本、円ベース)」、「外国株式:MSCI コクサイ・インデックス(円換算ベース)」、IMF(国際通貨基金)「World Economic Outlook」データより三菱UFJ信託銀行作成

日本の公的年金(厚生年金と国民年金)の積立金の管理・運用を行っているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)をはじめとする世界中の年金基金は、国際分散投資(伝統的4資産と呼ばれる国内債券・国内株式・外国債券・外国株式の組み合わせ投資)を運用の中核に据えています。図表1を見ると、国際分散投資は世界全体の経済成長に沿って資産が増加しており、国際通貨基金(IMF)の予想のように世界経済成長が続くと、今後も資産増加が期待できます。つまり、数十年先にどの国や企業が成長しているかを予測するのは難しい中、世界経済であれば成長が続くだろうと最も無難な予測に基づいているのが国際分散投資ということ。この国際分散投資の中身は、どのような配分になっているのでしょう?

「能ある投資はリスクを隠す(元句:能ある鷹は爪を隠す)」

突拍子もない事例で恐縮ですが、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2」の登場人物のように未来の事実を知っている人は、迷いもなく一点買いの集中投資をするはずです。逆に言うと、集中投資でなく分散投資を選ぶのは将来がわからないためであり、年金運用が国際分散投資を行っているのも同じ理由です。しかし、将来がわからない中で、伝統的4資産の配分比率を決めることは可能なのでしょうか?

一般的な投資の場合、「外国株式が一番儲かりそうだから、ちょっと増やしてみよう」のように相場予測に基づいて資産の配分比率を決定しますが、相場予測を行わない年金運用の場合、配分比率の決定で重要な役割を果たすのは「ポートフォリオ(複数資産の組み合わせ)理論」です。このポートフォリオ理論の基本的な考え方を図表2で簡単に紹介すると、@の分散効果は、価格の動き方が異なる複数資産を組み合わせると、それぞれの価格変動が打ち消し合うことで、ポートフォリオ全体のリスク水準の押し下げ効果が期待できるという考え方。更に、Aのように相関の弱い組み合わせに変更することで、期待リターンを変えずにリスク水準だけを下げることも可能。また、Bのポートフォリオ組成理論は、将来の目標リターンを設定すれば、各資産の最適な配分比率を導き出すことができるという方法論です。紙面の関係で、本稿はポートフォリオ組成理論に関する詳しい説明を割愛しますが、ご興味のある方は、GPIFのWebサイト「基本ポートフォリオの考え方」をご参照ください。

図表2 ポートフォリオ理論の基本的な考え方
図表2 ポートフォリオ理論の基本的な考え方2
(参考図表)相関の強弱の考え方
(参考図表)相関の強弱の考え方

以上のように、年金運用の投資理論が教えてくれるのは儲ける奥義でなく、リスクとリターンの関係であり、ポートフォリオ運用によるリスクのコントロール方法です。何故なら、「できるだけ儲けたい」とリターンの極大化を目指す一般的な投資と違い、大切な年金資金の運用は、「目標リターンを達成するために、必要となるリスクをできるだけ小さくしたい」とリスクの極小化を目指しているから。つまり、年金運用の投資理論は儲けるためでなく、なるべく損をしないための理論なのです。

前回「何故、江戸時代の相場格言は今でも刺さるのか?」では、上昇相場で買い続ける「順張り」投資をご紹介しましたが、世界経済の成長を信じ国際分散投資を続ける年金運用も一種の「順張り」投資と考えられます。しかし、実際の相場はバブル発生/バブル崩壊などの急変が付き物である中、「順張り」投資を続けても大丈夫なのでしょうか?今回は年金運用の長期投資手法の紹介で終わってしまいましたが、次回は、中長期的な投資環境変化や相場急変に対応する年金運用の工夫について考えてみます。

ご留意事項

  • 本稿に掲載の情報は、ライフプランや資産形成等に関する情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の取得・勧誘を目的としたものではありません。
  • 本稿に掲載の情報は、執筆者の個人的見解であり、三菱UFJ信託銀行の見解を示すものではありません。
  • 本稿に掲載の情報は執筆時点のものです。また、本稿は執筆者が各種の信頼できると考えられる情報源から作成しておりますが、その正確性・完全性について執筆者及び三菱UFJ信託銀行が保証するものではありません。
  • 本稿に掲載の情報を利用したことにより発生するいかなる費用または損害等について、三菱UFJ信託銀行は一切責任を負いません。
  • 本稿に掲載の情報に関するご質問には執筆者及び三菱UFJ信託銀行はお答えできませんので、あらかじめご了承ください。