コラムVol.184 経済指標の見方・読み方:米国雇用関連指標編 〜雇用統計、ADP雇用統計、JOLTS等〜
- 根本 浩之 (ねもと ひろゆき)
- 1985年東洋信託銀行(当時)入社。1986年以降19年間、主に内外債券、転換社債のファンドマネジャーとして年金運用業務に従事。
また、2022年3月まで8年半、プライベートアカウント(投資一任運用)のポートフォリオマネジャーとして、個人のお客さま向けに資産配分の提案や運用管理、運用報告等を担当。
FRBが担うデュアル・マンデート
米国連邦準備法の第2条A項は、同国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)の目的を「雇用の最大化」と「物価の安定」の達成にあると定めています。そのFRBが担うデュアル・マンデート(2大責務)のうち、「雇用の最大化」については明確な定義は示されておらず、米国経済の約70%を占める個人消費への影響度合いの大きさもあり、金融政策の先行きを占う上で議論の対象となることが多いといわれています。
そこで今回は、米国の雇用関連の各指標の特徴やその違い等についてできるだけわかりやすく解説します。
なぜ米国の雇用関連指標に注目が集まるのか
日本を含む各国の中央銀行が主に、「物価の安定」を一義的責務として担っているのに対し、FRBが「雇用の最大化」を併せた2大責務を担っているのは特異といえます。ただ、FRBは労働市場に直接介入する立場になく、またそうした政策手段を持たない以上、最終的には金融政策(政策金利の調整等)を通じて経済活動の安定化を図り、結果として雇用が安定するのを期待するしかありません。
その金融政策の動向は、長期金利やドル円等の為替相場、さらには株式市場に対して大きな影響を及ぼすものであり、その政策判断は雇用関連指標に左右されるため、同指標への注目度が高いといえます〔図表1〕。
今回取り上げる米国の雇用関連指標は、以下のとおりです。
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雇用統計:「非農業部門雇用者数」「失業率」「平均時給」が3大注目指標
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ADP雇用統計:民間部門の雇用者数等の変化を推計
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JOLTS(求人労働異動調査):求人数等の雇用主の採用面から捉えた指標
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Indeed:運営する求人検索サイトのユーザー情報から求人件数等を集計
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アトランタ連銀WGT:個人の時給の変化率から賃金上昇率を算出した指標
雇用統計
毎月月初に米労働省労働統計局(BLS)が公表する雇用統計(以下「BLS雇用統計」)は、家計調査(Household data)と事業所調査(Establishment data)の2つの調査結果で構成されています〔図表2〕。
家計調査では、「失業率」や「労働参加率」等が集計され、失業率は年齢別、人種別、学歴別等に細分化されているほか、失業期間の長さや失業やパートタイムとして働いている理由などのデータも公表されています。
失業率は、16歳以上の「労働力人口」(実際に労働に従事している雇用者と職探しをしている失業者)に占める「職探しをしている失業者」の割合ですが、失業者の定義に応じて6段階※1に分類されています。
- ※1 失業率の定義(深刻度の高い順)
- U-1: (長期失業率)15週間以上の失業状態が続いている人の割合
- U-2: (失職率)解雇等での失職と一時的な仕事を終えて離職した人の割合
- U-3: (公式失業率)一般的な失業者の割合
- U-4: U-3+職探しを完全に諦めた人(求職意欲喪失者)の割合
- U-5: U-4+現在は働けないが働く意思のある人(縁辺労働者)の割合
- U-6: U-5+本来はフルタイムとして働きたいがパートタイムとしての労働を余儀なくされている人(経済的な理由による短時間就業者)の割合
市場では、U-3の公式失業率が注目されますが、「16歳以上人口」に占める「労働力人口」の割合を示す「労働参加率」と併せて評価されます。
というのも、表面的には「失業率の低下→失業者の割合減少→労働市場の改善→景気改善」と判断されがちですが、労働参加率も併せて低下していると、「職探しを諦めてしまった人等の増加→職探しをしている失業者の減少→失業率の計算上の低下(分母と分子に含まれる失業者数の減少)」を示しているに過ぎない場合があるので注意が必要だからです。
実際、2020年3月のコロナ禍を経て、失業率は2022年7月にコロナ直前の水準に低下していますが、労働参加率の方は、2024年6月時点でもコロナ前の水準まで回復できていません〔図表3〕。
つまり、コロナ禍以降足元まで労働市場は順調に回復傾向を辿ってきましたが、雇用条件のミスマッチや雇用環境の厳しさから職探しを諦めた人々が完全には復帰し切れていない状況が続いているといえます。
なお、この職探しを諦めた人の中には、コロナ禍以降の株高でFIRE※2を実現して職探しをする必要がなくなった人も含まれています。
- ※2 FIRE(Financial Independence Retire Early)とは、若いうちからリタイア後の生活費を賄えるような資産形成を計り、資産運用による収益を得ることで早期退職と経済的自立を目指すライフスタイルを指す
また、事業所調査では、「雇用者数」や「平均時給」、「平均労働時間」等が集計され、雇用者数は、最も注目される全体の非農業部門のほか、民間部門と政府部門、あるいは業種別に分けられたデータが公表されています。
公表日時 |
毎月第1金曜日 <前月分のデータを発表> (米国夏時間)日本時間午後 9時半 (米国冬時間)日本時間午後10時半 |
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公表内容 | 「失業率」「非農業部門雇用者数」「平均時給」「週労働時間」「建設業就業者数」「製造業就業者数」「小売業就業者数」「金融業就業者数」などの計10数項目 |
調査対象 (家計調査) |
・約6万世帯の一般家庭向けに調査(Household data) ・法人化されていない自営業者、家族経営の無給労働者、農業関連労働者、民間の家事労働者、無給休暇の労働者も含む※ ・「失業率」や「労働参加率」等のデータを集計 |
(事業者調査) |
・約11万9千の企業・政府機関、約62.9万の個人事業主を対象に、事業所の給与支払い帳簿を基に調査(Establishment data) ・農業を除き、上記※の対象者を除外 ・「非農業部門雇用者数」や「平均時給」のデータを集計 |
公表機関 | 米労働省労働統計局(US Bureau of Labor Statistics) |
URL | https://www.bls.gov/news.release/empsit.toc.htm |
出所:FRED(セントルイス連銀)より三菱UFJ信託銀行作成
ADP雇用統計
ADP雇用統計は、米国の民間調査会社であるADP社が、民間部門の雇用者数の変化を推計したもので、BLS雇用統計の2日前に公表されるため市場から注目されますが、民間部門のみで政府部門は含まれず、また対象が給与計算を外注できる大企業に偏っているとの指摘もあり、両者は異なる指標と捉えた方がよさそうです。
また、ADP雇用統計は、企業規模別や業種別、調査エリア別等の雇用者数も公表していますので、BLS雇用統計を補完する意味合いで活用すべき指標といえます〔図表4〕。
公表日時 |
毎月第2水曜日:雇用統計の2日前<前月分のデータを発表> (米国夏時間)日本時間午後9時15分 (米国冬時間)日本時間午後10時15分 |
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公表内容 | 民間部門の雇用者数等の変化を推計(業種別、地域別、企業規模別)〔2006年5月から公表開始〕 |
調査対象 | 民間の給与計算代行サービス大手のADP社が、全米の顧客約40万社、約2,500万人のデータを基に雇用調査レポートを作成 |
公表機関 | ADP(Automatic Data Processing )社 |
URL | https://adpemploymentreport.com/ |
JOLTS
BLS雇用統計が、労働者側から捉えたデータであるのに対し、雇用主の採用側から捉えた指標がJOLTS求人労働移動調査です。JOLTSは、求人(job opening)、採用(hire)、離職(separation)に関する統計ニーズに応えるために開発されたものであり、全国レベルの労働力不足に関する労働需要面の指標として役立つものとされています〔図表5〕。
JOLTSは、BLS雇用統計を補完する目的で調査が開始された指標ですが、JOLTSの「求人率」〔=求人件数/(就業者数+求人件数)〕とBLS雇用統計の「失業率」〔=失業者数/(就業者数+失業者数)〕の推移を比較してみると、2000年代後半以降JOLTSの方が早めにピークやボトムの転換点を示す傾向がみられるなど、その先行性も注目されています〔図表6〕。
(JOLTS<Job Openings and Labor Turnover Survey>)
公表日時 |
毎月、調査月の1か月+10日程度後 (米国夏時間)日本時間午後11時 (米国冬時間)日本時間午前 0時 |
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公表内容 |
・求人数のほか、求人率、採用数、採用率、離職者数、離職率 (業種別、地域別、企業規模別) ・月の最終営業日現在で埋まっていないすべての求人が含まれる ・雇用統計が労働者側から捉えたものであるのに対し、雇用主の採用側から捉えた指標 |
調査対象 | ・全50州とコロンビア特別区の約21,000社の米国企業 |
公表機関 | 米労働省労働統計局(US Bureau of Labor Statistics) |
URL | https://www.bls.gov/news.release/jolts.toc.htm |
出所:FRED(セントルイス連銀)より三菱UFJ信託銀行作成
Indeed
BLS雇用統計やJOLTSの公表の頻度が毎月1回ということで、いち早く雇用環境の変化を捉えるべく、最近注目を集めているのが、求人検索サイトを運営するIndeedが公表する求人(掲載)件数等のデータです〔図表7〕。
世界で毎月3億人以上のユーザーが利用するなど、その豊富な情報を基に集計していることもあり、IndeedとJOLTSの「求人件数」はほぼ連動して推移しています。従って、Indeedの日次データ(週次等で更新)の速報性は、投資家にとっては有難く、重宝がられているようです〔図表8〕。
公表日時等 | 日次(週次等で更新) |
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公表内容 | 求人件数(業種別)等 |
調査対象 | 世界No.1の求人検索エンジンとして、毎月3億人以上のユーザーが利用しており、その情報等を基に集計 |
公表機関 | Indeed |
URL | https://data.indeed.com/#/ |
出所:FRED(セントルイス連銀)より三菱UFJ信託銀行作成
アトランタ連銀WGT
賃金に関しては、前述のBLS雇用統計の「平均時給」が公表されていますが、FRBに所属する12地区連銀のうちの1つであるアトランタ連銀も「アトランタ連銀WGT(賃金トラッカー)」を月次で公表しています〔図表9〕。
BLS雇用統計の「平均時給」は、各期間の労働者の集団としての平均時給を測定しているため、その伸び率は、収入の変化のほか、特定の期間に観察された労働者の集団の変化も含まれてしまい、コロナパンデミック時には、低賃金労働者等が大量に失職した影響で、「平均時給」伸び率が乱高下する推移となりました。
一方、アトランタ連銀WGTは、個人ベースの時給の変化率で算出されるため、職種別の影響を受けにくいというメリットがありますが、高学歴・高賃金労働者が他にくらべて継続雇用される可能性が高いため、相対的に賃金上昇率は高めに推移する傾向がみられます〔図表10〕。
(WGT<Wage Growth Tracker>)
公表日時 |
毎月第2金曜日までに公表 <前月分のデータを発表> (米国夏時間)日本時間午後9時15分 (米国冬時間)日本時間午後10時15分 |
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公表内容 | 前年比での名目賃金の上昇率を示す指標 |
調査対象 |
・米国国勢調査局と米国労働統計局(BLS)が共同で後援する現在の人口調査(CPS<Current Population Survey>)のマイクロデータから集計 ・12か月間隔で観察された個人の時給の変化率を算出し、その中央値が賃金トラッカーの数値 |
公表機関 | アトランタ連銀(Federal Reserve Bank of Atlanta) |
URL | https://www.atlantafed.org/chcs/wage-growth-tracker |
出所:FRED(セントルイス連銀)より三菱UFJ信託銀行作成
今後の米金融政策の行方
FRBは2024年7月5日、議会に半期ごとに提出する「金融政策報告書」を公表し、物価情勢についてインフレは緩和したとしたほか、労働市場は「引き締まっているが過熱していない」というコロナパンデミック前の状況を回復したとし、米経済は一段と正常な状況に着実に戻りつつあるとの認識を示しました。
FRBは、2022年3月以降、23年7月までに11回の利上げを行い、政策金利であるフェデラル・ファンド・レートの誘導目標は5.25〜5.50%まで引き上げられたあと、1年以上据え置かれて今日に至っていますが、漸く市場での利下げ観測が現実味を帯びてきています。
また、FOMC(米連邦公開市場委員会)は2024年7月31日に発表した声明文において、「委員会はより長期にわたって最大限の雇用と2%のインフレを達成することを目指す。雇用とインフレの目標達成に対するリスクは引き続き、より良いバランスへ移行していると委員会は判断している。経済見通しは不確かで、委員会は2つの責務の両サイドに対するリスクに注意を払っている。」としました。
ここ2年余りにわたり、冒頭で述べたデュアル・マンデート(2大責務)のうち「物価の安定」に特段の重点を置いてきましたが、このところ「雇用の最大化」を達成する責務を強調する傾向を強めています。
さらに、8月2日に公表された7月のBLS雇用統計では、
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非農業部門雇用者数は前月比+11.4万人と市場予想(+17.5万人)を下回り
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失業率は4.3%と市場予想(4.1%)を上回り、2021年10月以来の高水準に
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平均賃金は前年比で+3.6%と市場予想(前年比+3.7%)を下回る
等、3大注目指標がいずれも市場予想対比で鈍化する結果を示したことで、市場の一部では景気減速に留まらず、景気後退懸念が台頭しています。
このような環境下、米国の雇用関連指標について、各々の特徴を把握した上で、その動向を注視しなければいけない状況が続きそうです。