コラムVol.193 経済指標の見方・読み方 ~日本の雇用環境:人手不足の深層~

2025年6月10日
コラム執筆者の写真
根本 浩之 (ねもと ひろゆき)
1985年東洋信託銀行(当時)入社。1986年以降19年間、主に内外債券、転換社債のファンドマネジャーとして年金運用業務に従事。
また、2022年3月まで8年半、プライベートアカウント(投資一任運用)のポートフォリオマネジャーとして、個人のお客さま向けに資産配分の提案や運用管理、運用報告等を担当。

人手不足倒産は過去最多を更新

帝国データバンクによると、従業員の退職や採用難、人件費高騰などを原因とする人手不足倒産件数は、2023・2024年度に大幅に増加し、調査が開始された2013年以降で過去最多を更新しています〔図表1〕。

業種別では、建設業が最多で111件(前年度比+17件)と初めて100件を超えて全体の約3割を占め、次いで物流業が42件(同▲4件)となり、両業種ともに2024年4月に時間外労働の新たな上限規制が適用された「2024年問題」を受けて、引き続き高水準で発生しています。

図表1 人手不足倒産(法的整理、負債1,000万円以上)件数の推移
人手不足倒産(法的整理、負債1,000万円以上)件数の推移

出所:帝国データバンク「人手不足倒産の動向調査」より三菱UFJ信託銀行作成

本稿では、人手不足倒産に象徴されるように、近年深刻化する日本の人手不足の深層についてできるだけわかりやすく解説します。

2025年の春闘賃上げ率も前年を上回る見込み

2025年春闘(春季生活闘争)の第4回回答集計では、定期昇給込みの賃上げ率が労組全体で5.4%、中小労組で5.0%と、ともに2024年の最終回答集計を上回る結果となっています。更に、最低賃金(地域別の全国加重平均額)についても、2024年に1,055円となり、2021年以降は春闘での賃上げ率以上の引き上げ実績となるなど、政府による「物価の上昇を上回る賃上げの実現」に向けた働きかけに対して企業が充分応えている状況となっています〔図表2〕。

ただし、2024年度の人手不足倒産企業の約3分の1が人件費高騰を原因としており、この働きかけに応えられない企業が退場させられていることになります。

図表2 最低賃金(地域別の全国加重平均額)と賃上げ状況(春闘での回答結果)
最低賃金(地域別の全国加重平均額)と賃上げ状況(春闘での回答結果)
  • 春闘での回答結果:2024年まで最終集計、2025年は第4回集計

出所:厚生労働省、連合(日本労働組合総連合会)より三菱UFJ信託銀行作成

人手不足の深刻度合い

企業が賃上げへの働きかけに応えている背景には、人手不足の深刻化が考えられます。そこで、企業の人手余剰・不足感を表す日銀短観の雇用人員判断DI ※1(全規模・全産業)をみると、2025年3月時点で▲37と1991年9月以来約33年半振りの人手不足状況となっています。

  • ※1 雇用人員判断DIとは、企業の雇用人員の過不足についての判断を示す指数で、雇用人員が「過剰」と回答した企業数構成比から「不足」と回答した企業数構成比を差し引いて算出されるもの

一方、完全失業率 ※2 は、2025年3月時点で2.5%と1990年代の最低水準の2.0%と比較すると、それほど労働需給が逼迫している訳でもなく、特に2020年のパンデミック以降日銀短観の雇用人員判断DIとの乖離が目立っています〔図表3〕。

  • ※2  完全失業率とは、15歳以上の働く意欲のある人(15歳以上の労働力人口)のうち、仕事を探しても仕事に就くことができない人(完全失業者)の割合
図表3 雇用人員判断DI(日銀短観)と完全失業率(季節調整値)の推移
雇用人員判断DI(日銀短観)と完全失業率(季節調整値)の推移

出所:日本銀行、総務省より三菱UFJ信託銀行作成

そこで、有効求人倍率 ※3 を職業従事者別にみると、労働需給が逼迫している「保安職業」(自衛官・警察官)、「建設・採掘」、「サービス職業」(介護・接客等)、「輸送・機械運転」等と、逼迫がみられない「事務」、「運搬・清掃・梱包等」等とに二分されています〔図表4〕。

  • ※3  有効求人倍率とは、ハローワーク(公共職業安定所)を通じた企業からの有効求人数に対する有効求職者数の割合

特に、人手不足倒産の多い建設等従事者は5.11倍(115,599÷22,630)と全体平均の1.16倍の4.4倍まで人手不足が極まり、最も有効求職者が多い事務従事者は、0.47倍(228,531÷486,226)と全体平均の半分以下に留まるなど、日本全体の労働需給の逼迫というよりもミスマッチの影響が大きいことが示唆されています。

また、企業の求人では「専門的・技術的職業」や「サービス職業」(ともに全体の求人数の23.0%)が上位を占めているのに対し、求職者の方では「事務」(全体の求職者の25.9%)や「専門的・技術的職業」(同13.8%)が上位を占め、「専門的・技術的職業」、「サービス職業」の人手不足感、「事務」の人手余剰感といったミスマッチ状況となっています。なお、「専門的・技術的職業」については、一定の求職者はいるものの、それを上回る企業ニーズの強さを反映した人手不足感となっているのが特徴です。

図表4 職業従事者別有効求人倍率〔常用(パートを含む)、2025年3月〕
職業従事者別有効求人倍率〔常用(パートを含む)、2025年3月〕
  • 有効求人倍率:有効求人数÷有効求職者数

出所:厚生労働省「一般職業紹介状況」より三菱UFJ信託銀行作成

さらに、近年ハローワークを通じた入職者割合が低下し(2024年上期の新卒除きで17.2%)、求人・メディア広告を通じた入職者割合が上昇していること(同32.4%)を鑑み、厚生労働省が実施している「労働経済動向調査」に、業種別の平均賃金水準と年間総実労働時間の要素も加味して、業種別・職種別に細かく整理してみると、特徴がより露わになります〔図表5〕。

業種では、賃金水準と労働時間がともに全業種平均を上回り、年収が高めの「建設」「情報通信」「学術研究、専門・技術サービス」と、ともに全業種平均を下回り、年収が低めの「宿泊、飲食サービス」「医療、福祉」の二つのグループに分類されます。

前者については、「専門・技術」の職種での人手不足感(技能・スキル面でのミスマッチ)、後者については、対面・対人等の「サービス」職種での人手不足感(年収等の処遇面でのミスマッチ)が各々顕著となるなど、有効求人倍率と同様の傾向が確認できます。

図表5 業種別・職種別人手不足・余剰感(%、2025年2月)等
業種別・職種別人手不足・余剰感※(%、2025年2月)等
  • 労働者が不足していると回答した事業所割合-余剰と回答した事業所割合パートタイム労働者比率:事業所規模5人以上、2025年2月時点
    平均賃金水準(事業所規模10人以上の常用労働者の所定内給与額、2024年の月次平均)と総実労働時間(事業所規模5人以上のパートタイム労働者を含む2024年実績)は、全業種平均を上回る:△、下回る:▼として区分表示

出所:厚生労働省「労働経済動向調査」、「毎月勤労統計調査」より三菱UFJ信託銀行作成

さらに注目すべきは、過去10年間での労働時間が、前者のグループに属する「建設」「情報通信」「学術研究、専門・技術サービス」で各々▲6.8%、▲3.9%、▲2.7%減少し、後者のグループに属する「宿泊、飲食サービス」「医療、福祉」で各々▲13.8%、▲4.0%減少しているという事実です〔図表6〕。

その結果、「宿泊、飲食サービス」の年間実労働時間は、パートタイム労働者比率が79%と高い事情もあって、「運輸、郵便」の半分強まで短縮化しています。また、2024年度の人手不足倒産の二大業種である建設業と物流業が、ともに2024年4月に時間外労働の新たな上限規制が適用された「2024年問題」の影響を受けているというのも、労働時間の減少が人手不足の深刻化を招いている一因であることを想起させます。

図表6 業種別年間総実労働時間の比較
業種別年間総実労働時間の比較
  • 事業所規模5人以上、パートタイム労働者を含む

出所:厚生労働省「毎月勤労統計調査」より三菱UFJ信託銀行作成

労働時間の減少トレンド

これまでの働き方改革を代表とする「労働時間」減少に関する法律の制定等を抜粋すると、以下のとおりになります。

1992年 「時短促進法」~『年間総労働時間を1800時間』の達成を目的とした時限立法
2006年 「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法」~正社員の年間総労働時間の引下げ
2014年 「過労死等防止対策推進法」~週労働時間60時間以上の雇用者の割合を5%以下へ
2016年 「女性の活躍推進法」~女性の働き方を改革し、関連情報の見える化・活用の推進
2017年 「働き方改革実行計画」の策定~非正規労働者の処遇改善や長時間労働の是正
2019年 「働き方改革関連法案」~時間外労働の上限規制(原則月45時間・年360時間)の導入等
2020年 「働き方改革関連法案」の対象を中手企業へ拡大
2024年 「働き方改革関連法案」での残業時間の上限規制に建設事業や自動車運転業務等も対象

これらの法整備等の結果、日本人の一人当たり平均年間総実労働時間(就業者)は、1985年の2,093時間から2022年の1,607時間へと486時間(▲23%)も減少し、国際比較でも米国やイタリアを下回る水準まで低下しています〔図表7〕。

図表7 一人当たり平均年間総実労働時間(就業者)
一人当たり平均年間総実労働時間(就業者)

出所:独立行政法人 労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2024」より

また、年間総実労働時間を就業形態別にみると、過去30年で一般労働者が▲5.7%減少しているのに対し、パートタイム労働者は▲18.8%の大幅な減少となり、2020年代に至るまで趨勢的に減少傾向を辿っています。

この間、パートタイム労働者の比率が、14.4%から30.9%へと2倍以上に高まったことを勘案すると、パートタイム労働者の時短分をパートタイム労働者間でシェアしてきたことになります。したがって、日本の労働時間減少傾向の一部は、他国対比でも特異なパートタイム労働者への依存度の高まりに起因しているようです〔図表8〕。

なお、2024年平均で就業者全体(5,771万人)の36.8%を占める非正規雇用労働者(2,126万人、パートタイム労働者を含む)について現職の雇用形態についた主な理由別にみると、「自分の都合のよい時間に働きたいから」とした方が最も多い731万人(前年比+19万人増)で、男女別でも男性が224万人(同+15万人増)、女性が506万人(同+4万人増)といずれも4年連続で増加しています〔図表9〕。

一方、「正規の職員・従業員の仕事がないから」とした方は男性が89 万人(前年比▲10万人減)、女性が91万人(同▲6万人減)と、ともに比較可能な2014年以降11年連続で減少するなど、正社員としての雇用形態よりも働く時間帯への拘りの方が年々強くなっている傾向がみられます。

図表8 就業形態別年間総実労働時間およびパートタイム労働者比率の推移
就業形態別年間総実労働時間およびパートタイム労働者比率の推移
  • 事業所規模5人以上

出所:厚生労働省「毎月勤労統計調査」より三菱UFJ信託銀行作成

図表9 非正規の職員・従業員についた主な理由別の内訳(各年平均)
非正規の職員・従業員についた主な理由別の内訳(各年平均)

出所:総務省統計局「労働力調査」三菱UFJ信託銀行作成

これまでみてきたように我が国の雇用環境については、日本全体の労働需給の逼迫というよりも職種を中心としたミスマッチといえる状況にあり、「専門・技術」の職種での技能・スキル面でのミスマッチに対しては、リスキリングによる能力向上支援等の人材育成、対面・対人等の「サービス」職種での年収等の処遇面でのミスマッチに対しては、パートタイム労働者比率が高めの業種が多いことも勘案すると、格差是正や底支えを目的とした最低賃金を含めた賃上げの継続や省力化投資、が各々有効といえるでしょう。

何にも増して、労働力人口が限られる中、正規雇用労働者に対しては業種や職種の特性に配慮した柔軟な労働時間規制等の運営を行うとともに、非正規雇用労働者に対しては選択的週休3日制・4日制やテレワーク・フレックスタイム制の導入等を積極的に推進し、できるだけ都合のいい時間に働ける職場環境作りや正社員化を支援することで、労働時間のミスマッチともいえる状況を解消していくことが、より効果的な人手不足対策となるのではないでしょうか。

関連記事

コラムを選ぶ

こちらもオススメ

ご留意事項

  • 本稿に掲載の情報は、ライフプランや資産形成等に関する情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の取得・勧誘を目的としたものではありません。
  • 本稿に掲載の情報は、執筆者の個人的見解であり、三菱UFJ信託銀行の見解を示すものではありません。
  • 本稿に掲載の情報は執筆時点のものです。また、本稿は執筆者が各種の信頼できると考えられる情報源から作成しておりますが、その正確性・完全性について執筆者および三菱UFJ信託銀行が保証するものではありません。
  • 本稿に掲載の情報を利用したことにより発生するいかなる費用または損害等について、三菱UFJ信託銀行は一切責任を負いません。
  • 本稿に掲載の情報に関するご質問には執筆者および三菱UFJ信託銀行はお答えできませんので、あらかじめご了承ください。