コラムVol.199 “おまかせ”にしない資産づくりのすすめ

- 勝盛 政治 (かつもり まさはる)
- 1988年東洋信託銀行(当時)入社。約18年間にわたりファンドマネージャー、トレーダー業務に従事。資産運用管理等を経て、約7年間ファンドアナリストとして投資信託の評価に携わるなど資産運用業務を広く経験。運用をわかりやすくお伝えすることを通じ、多くの人の豊かな人生に貢献することを目指す。証券アナリスト(CMA)、1級DCプランナー、日本金融ジェロントロジー協会認定会員、CFP®。
金融リテラシーは豊かで安全な生活を送るための基本です。今回は知識を蓄えるだけでなく、意識のアンテナを磨くことの大切さについて見ていきましょう。世の中で情報が溢れ、手軽な方法が増える中では、それを安易に鵜呑みにするのではなく、少し立ち止まって考えることです。
二つの異なった視点による事例を取り上げます。まず、形を変えて何度も繰り返される投資詐欺について金融リテラシーから見た注意点を考えます。次いで資産形成の主流となったインデックス型の運用や注目されるAIを用いた運用により、「これをしておけばいい」、「任せていれば安心」に対してリテラシー向上との関係について考えます。
投資詐欺事例から学ぶリテラシーにとって必要なこととは?
最近の十年間で話題となった投資詐欺事件を私の目線で以下、図表1に列挙しました。
2014年に発覚した「あぐら牧場事件」は、和牛に投資をすることにより生まれてくる子牛に相当する配当を受け取り、最後は投資した牛を投資額と同じ価格で買い取ってくれる仕組みです。牛の繁殖・飼育はあぐら牧場に任されていました。配当が不安定になるなどの騒ぎから、投資しているはずの牛をあぐら牧場が実際には保有していないことが分かり、経営が行き詰まりました。
「レセプト債」は、お医者さんの診療報酬債権を、国が支払ってくれる前に資金ニーズがあるお医者さんから価格を割り引いて買い取ったものです。時期が来れば国が支払ってくれるものなので、早期に割り引いて買い取った診療報酬債権は医療機関が健全であれば回収の確実性は高いのですが、実際には資金繰りが苦しい医療機関から買い取った債権の回収が困難となったようです。
「かぼちゃの馬車」はシェアハウスに投資して賃料収入を得る仕組みです。これはよくある不動産投資の一つです。しかし、利回りが一桁後半になる賃料をサブリース会社が30年間の長期で保証してくれることを前提に、提携金融機関からの多額の借金を元手にレバレッジをかけた投資スキームに問題がありました。賃料保証をしたサブリース会社からの収入が続かなくなったことで返済ができなくなり、破たんしました。
私見ですが、どれも共通した特徴を有しているわけではないため、同じ点を注意しておけば回避できるといった単純なものではありません。また、事例における想定された利回りはいずれも一桁台と現実離れしておらず、金融機関が関係しているものもあるなど、私たちが詐欺においてイメージする常識が当てはめられないので厄介です。
そういった中でも参考にできる点はあります。それは、運用する立場とそのお金を実際に管理して適正な時価を示す立場が分かれていれば、このような詐欺は起こりにくいことです。
運用とお金を管理する立場が分かれている身近な事例には投資信託があります。お金の管理や時価の算出は運用者とは別に信託銀行が管理しています。そのため、運用会社に問題が生じてもお金は守られます。また、個人が株式を購入した際には証券会社が預かる形になりますが、その多くは証券保管振替機構で別口座として管理されます。このように別管理の体制は安心・安全の要です。
最近はSNSを通じて著名人を偽った投資勧誘が問題となっています。これまでのタイプとは別物ですね。これはSNSを情報源にすることが狙われたものですが、このケースでもお金が別管理されるスキームになっていないようです。
他人のお金をお預かりして運用する場合には、適切な形でお金を管理する体制が取られているかは重要です。これは過去からの歴史の中で整えられてきた知恵なのです。私たちにとってはお金を増やすことだけでなく、いかにお金が守られるのかを知ることも立派な金融リテラシーです。
インデックス運用のその先に 投資への関心と理解を深めることで、継続力を培う
次に、資産形成の主流となったオルカンに代表されるインデックス型の金融商品を通じた資産形成と、金融リテラシーとの関係について見ていきましょう。投資初心者の資産形成として、「分散の効いた運用を低コストで行うインデックス型の投資信託を長期保有しておけばいい」といった解説はすっかり定番になりました。国民の安定した資産形成において謳われている長期・分散・積立投資を低コストで行うものです。
このわかりやすさにより投資のハードルは下がり、無関心だった層にも広く目を向けてもらえた功績は本当に大きいです。株式や債券といった伝統的な資産を対象にしたことも、極端な収益獲得を目指して、FX(為替取引)や暗号資産のような投機色の高いものに染まらない隠れた成果がありました。また、数ある金融商品から何を選んだらよいのか選択に悩む人が多い中で、インデックス運用は分散効果が効いていて、長期投資に適った手数料の低い運用としてわかりやすい選択肢を提示しました。
しかし、これだけで終わってしまうと、「資産形成は簡単で、薄っぺらいシンプルなもの」に思われかねません。ここで終わってもいいけれど、望めばもっと深く広い世界があります。投資への理解を深め、関心を持ちながら取り組んでもらう好循環がより望ましい姿です。勉強で成績が伸びる人は勉強が楽しいと言います。関心がないところに成長はないからです。
そして、理解が深まれば、資産形成にとって最も大切な「投資を継続する力」を養うことができます。そのための手段として、あえて目を背ける「ほったらかし」もありますが、一歩踏み出して投資を知ろうとすることにより、直近で経験した新型コロナ時のような投資特有の急激で大きな価格変化への理解が進み、また長期で株価が伸び悩む局面の存在も知ることができます。
長期投資によって投資対象が本質的に有している収益を得られる可能性は高まりますが、市場が過度に高い将来性を織り込んでいた場合には、期待しすぎの反動からしばらくの間、投資成果に結びつきにくいこともあります。日本の長期株価低迷は記憶にありますが、過去には日本以外でも10年近い単位で株価が伸び悩む時期もありました。
- ※ 日本から投資する場合の円換算の推移
出所:各種資料より筆者作成
図表2は長期の世界の株式市場の推移を示しています。灰色のグラフのように単純に市場の推移を示すと過去の変化が小さく示されるため、黒色のグラフは対数を用いてどの時点でもその変化率が比較できるようにしています。これをご覧になると、過去は比較的長い期間にわたり伸び悩む時期を何度も経験していますが、最近はそういったことがしばらく生じていないことがわかります。
下がった時に我慢する心構えだけでなく、長期低迷なども含めて市場特有の動きを「想定外」ではなく「想定内」としてイメージできることは強みです。それにより、「自身のライフプランに支障が生じないためには、どのような投資をすればいいのか」、「自らのリスク許容度を踏まえて資産配分や金融商品の選択を行える」ことにもつながります。
資産配分を他人に任せるとは?
近年はロボアドバイザーやAIが最適な資産配分を行うことを謳う金融商品を見かけます。AIは人の判断よりも合理的かもしれませんが、それでも万能ではありません。AIといえど一定の前提をもとに資産配分を行うため、前提が違ってくると結果にも影響するからです。
資産配分を決めるには、投資対象とする資産を決め、各資産に適用する期待収益などの基礎データを定めます。これらを用い、許容できるリスクや期待するリターンに最適な資産配分を計算します。
これらは一定の前提条件を置いた上での最適解であり、その前提が崩れればベストと思っていた答えは必ずしもそうでなくなります。たとえば、それまでのディスインフレによる低金利から急激にインフレが加速して金利が上昇するといった、あまり想定されていなかった急で大きな構造変化はその一例です。
事故が多い道路には特徴があるように、私たちの身の回りでは継続して安定した傾向が多いのですが、投資は急に傾向が変化するとか複雑性が介在する世界でもあります。だからといって、私はこれを以て「他人任せやAI利用をやめましょう」と言うつもりはありません。「お任せして終わり」にはならないでほしいことをお伝えしたいのです。
AIに任せることは、自分が資産配分を決めたのではないからこそ余計に、想定外の状況になった場合に何が起こっているのかを理解しづらくなります。そうなると不安が増し、投資の継続性を歪めます。つまり、AIであってもそういうことが起こり得ることを事前に認識しておくことが大切なのです。
大切なのは自分の理解だけでなく、良き相談相手をもつこと
金融庁のもと有識者メンバーにより、金融教育を担う方に利用いただくために、「生活スキルとして最低限身に付けるべき金融リテラシー」として作成されたものとして金融リテラシーマップがあります。家計管理からはじまり、どのような知識を身につければいいのか具体的に記されています。そこには4つの大項目として最後に、誰に相談するのかを理解しておくことの大切さが示されています。
出所:金融リテラシーマップより、筆者作成
金融に限らず高度に専門化された世界において、自分ですべてを理解し解決することはできません。お医者さんや弁護士さんのようにお金の面でも専門家に相談することの大切さが示されています。金融リテラシーマップや専門家への相談ポイントについては改めてお話ししますが、折に触れお話ししているように、信頼できる相談相手を持つことは自分が学ぶこととともに価値があります。投資詐欺に合わないとか、リテラシーを補完してくれる存在なのです。
