コラムVol.205 医療費・保険料が増える?カギを握る金融所得の新基準

- 根本 浩之 (ねもと ひろゆき)
- 1985年東洋信託銀行(当時)入社。1986年以降19年間、主に内外債券、転換社債のファンドマネジャーとして年金運用業務に従事。
また、2022年3月まで8年半、プライベートアカウント(投資一任運用)のポートフォリオマネジャーとして、個人のお客さま向けに資産配分の提案や運用管理、運用報告等を担当。
75歳以上の金融所得を保険料や窓口負担に反映
75歳以上の高齢者について、金融所得を医療保険料や窓口負担の判定に反映させることを盛り込んだ健康保険法改正案が、2026年4月28日の衆議院本会議で賛成多数で可決し、参議院に送付されました。
多額の金融所得があるにもかかわらず負担が軽い人が存在するという問題について、是正に向けた一歩を踏み出すものといえます。
ただし、この動きは資産形成を終えた後期高齢者にとどまらず、まさに資産形成の途上にある若年層や中堅層にも影響を及ぼす可能性があります。
本稿では、今回の金融所得の扱い見直しの背景や具体的な内容、そして今後想定される影響について、できるだけ分かりやすく解説します。
現在の金融所得課税の不公平感
現在、国民健康保険、後期高齢者医療、介護保険においては、被保険者の市町村民税の課税所得を基に、保険料や医療・介護の窓口負担が算定されています。
このうち、上場株式・投資信託等の譲渡益や配当といった金融所得は、確定申告を行うかどうかを本人が選択できる仕組みとなっています。そのため、確定申告の有無によって、医療・介護における保険料や窓口負担の水準が異なるという不公平な取扱いが生じています〔図表1〕。
(※)給与収入は、確定申告の有無にかかわらず、課税所得の計算に算入される。
出所:厚生労働省「後期高齢者医療制度の令和6・7年度の保険料率について」の保険料額・保険料率に基づき算出
財務省「骨太方針2025」資料3 社会保障① より三菱UFJ信託銀行作成
| 金融所得申告の有無 | 金融所得の負担算定への反映 |
|---|---|
| 申告した | 課税所得に含まれ、保険料・窓口負担に反映 |
| 申告しない | 課税所得に含まれず、負担算定に反映されない |
その結果、後期高齢者医療制度では、現役並みの所得がある場合※、原則として窓口負担は現役世代と同様の3割負担となりますが、その所得の大半が申告を伴わない金融所得である場合には、依然として1割負担のままとなるケースが生じています。
- ※「現役並みの所得がある場合」とは、同一世帯に住民税課税所得が145万円以上の後期高齢者がいる場合などを指します。また、住民税課税所得とは、収入から基礎控除や社会保険料控除などの各種控除を差し引いた後の所得をいいます。
そこで、年齢にかかわらず公平な応能負担を実現するための第一歩として、高齢者の窓口負担割合等に金融所得を反映するため、具体的な法制上の措置を講じることになった訳です。
今回の見直しは、表面上は75歳以上の後期高齢者を対象とした制度改正ですが、その影響は将来の受給世代、すなわち現在資産形成を行っている若年層・中堅層にも及ぶと考えられます。
資産形成世代に忍び寄る影響
(1)「申告しなければ影響はない」という前提の崩れ
これまで、上場株式等の譲渡益や配当は、申告分離課税を選択し、確定申告を行わなければ、国民健康保険料や介護保険料、医療の窓口負担の算定には反映されませんでした。このため、投資による金融所得が多いが年金収入は少ないといった場合、医療・介護負担を低く抑えることができました。
しかし、今回の改正は、「金融所得を社会保障負担に反映させる」という方向性を明確に示したと受け止めることもでき、将来的に現役世代においても同様の考え方が導入される可能性を否定できません。
(2)老後の「見かけの低所得」が通用しにくくなる
資産形成層の中には、現役時代に金融資産を積み上げ、老後は年金収入に加えて金融資産の運用益で補って生活するというライフプランを想定している人も少なくありません。
しかし、金融所得が医療・介護負担に反映されるようになれば、「年金は少なめだが、金融所得は多め」の高齢者にとっては、従来想定していたよりも高い保険料・窓口負担を求められることになります。
これは、老後資金を「蓄える手段」そのものを否定するものではありませんが、金融資産を持つこと自体が社会保障負担に直結するという点で、これまでとは異なる前提での資産形成の設計が求められます。
これからの資産形成に必要な視点
(1)「税」だけでなく「社会保障」を含めた総負担で考える
資産の状況によって税や社会保険料の負担が大きく左右されることを踏まえると、今後の資産形成においては、資産を単に積み上げていくことにとどまらず、税や社会保険料を含めた「生涯を通じた総負担」という視点を持つことが不可欠となります。
特に金融所得は、将来の医療保険料の算定や自己負担割合の判定に影響を及ぼす可能性があります。そのため、収入源を一種類に偏らせるのではなく、年金や給与などへと分散・多様化し、年間所得の変動を抑えることで、そうした負担増の影響を一定程度緩和することが可能となります。
(2)NISAの役割は今後さらに重要に
金融所得の把握が強化される方向性を考えると、NISAの制度的価値は、単なる「非課税」以上の意味を持ちます。
NISA口座の非課税投資枠(成長投資枠1,200万円、つみたて投資枠600万円)を活用することで、社会保険料や窓口負担の影響を受けないというメリットも享受することができます。
(3)金融所得の「出し方」を分散させる
高齢者が近い将来に、そして資産形成層が将来直面し得るリスクとして、特定の年に金融所得が集中し、保険料や自己負担が急激に増加することが挙げられます。
このため、課税口座の資産の取り崩しにあたっては、一括売却ではなく分割・平準化した売却を行うことや、高い配当や分配金に依存するのではなく含み益を活かして計画的に取り崩すといった「出口戦略」に工夫を凝らす必要があります。
資産形成と同時に資産の“出口”設計が必須
改正案が成立したとしても、その施行にあたって前提となる、確定申告されていない金融所得を把握する有効な手段は、現時点では存在しません。そこで検討されているのが、証券会社などが国税庁に提出している法定調書を活用する仕組みです。
配当や譲渡益が記載された法定調書を集約し、いわば「法定調書データベース(仮称)」を整備したうえで、その情報を市町村が医療保険料や窓口負担の判定に用いるという構想です。
ただし、「データベース整備」「自治体システム改修」「法定調書のオンライン提出義務化」といった工程を踏む必要があるため、法案成立後すぐに始まるわけではありません。
現実的には、公布から4〜5年程度を要し、後期高齢者医療制度で金融所得の反映が本格化するのは2030〜2031年頃と見込まれています。
この改正の本質は、「負担能力を、より正確に測ろう」という制度思想です。
そして、その考え方は今後、医療や介護など他制度に波及していく可能性を十分に孕んでいます。
「老後破たん」への不安から、元本等を取り崩せないまま資産を使えずに抱え込み、その結果、必要以上にため込んだ資産から発生する譲渡益や配当などの金融所得が増加し、かえって保険料や自己負担が重くなる。
こうした皮肉な状況を避けるためにも、資産形成と同時に、資産の“出口”をいかに設計するかという視点が、これまで以上に求められています。
