コラムVol.72 真面目に考える『投資の必要性』第1回 投資をしない方が、長い人生幸せなのか?

2020年8月11日
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荒 和英 (あら かずひで)
1982年三菱信託銀行(当時)入社。1985年より為替ディーラー、ファンドマネージャー、エコノミストなど、資産運用の最前線で投資業務に携わる。25年以上にわたるキャリアを生かして、2011年からマーケットレポートの執筆や投資に関するセミナー講師、TV出演(BSジャパン「日経モーニングプラス」)や執筆活動(『資産活用いろはかるた“い”の巻、“ろ”の巻』)などを精力的に行っている。

「触らぬ投資に祟りなし(元句:触らぬ神に祟りなし)」

世の中には投資を勧める書籍やコラムが山のようにありますが、何故、実際に投資をしている人は少ないのでしょう?「勉強しなさい!」としつこく説教されても、「本当に、勉強なんて意味ある?」と今一つ乗り気になれなかったように、「本当に、投資なんて意味ある?」と納得できない人は多い筈。「真面目に考える『投資の必要性』」シリーズの目的は、そんな疑問にお答えすることですが、その前に、「実際に投資をしている人が少ない」日本の現状を確認しておきましょう。

図表1 年代別NISA口座利用状況(2019年9月末時点、一般NISA・つみたてNISAの合計)
図表1 年代別NISA口座利用状況

出所:金融庁「NISA口座利用状況調査」、総務省「人口推計(2019年9月確定値)」データより三菱UFJ信託銀行作成

図表1は金融庁が公表している「NISA(少額投資非課税制度)の利用状況」で、2019年9月時点の総開設口座は約1,341万件(A列の紫色)、総買付(投資)金額(B列の紫色)は約17.6兆円。「1,300万件に17兆円・・・みんな頑張ってるなぁ、よっしゃ、自分も始めよう!」と一念発起した方を白けさせるようで恐縮ですが、ご注意頂きたいのは20歳以上の総人口(C列の紫色)が1億人を超えているということ。つまり、総人口に対する総開設口座の割合(D列の紫色)は13%弱に過ぎず、約8人に1人(E列の紫色)と野球チームにほぼ1人の計算。20・30歳代ではサッカーチームに1人(E列の緑色)ですし、20歳代だけだとラグビーチームでも足りません(E列の赤色)。ちょっと驚いた方がいるかもしれませんが、実は、日本の現状はもっとお寒いのです。何故なら、この開設口座数には幽霊部員も含まれているから。

図表2 NISA口座稼働状況(2018年、一般NISA・つみたてNISAの合計)
図表2 NISA口座稼働状況

出所:金融庁「NISA口座利用状況調査」データより三菱UFJ信託銀行作成

図表2は、2018年中に開設されたNISA口座を稼働実績なし・ありに分けたもので、開設したのに一回も投資しなかった稼働なし口座が半数以上もあることが分かります(D列の紫)。つまり、実際の投資割合は開設口座割合の半分以下であり、対戦相手チームまで含め1人しか投資をしていないというのが真の実態。このように、最初からNISA口座を開設しない、開設しても投資しない原因は、どこにあるのでしょう?「下手に投資に手を出すと損をするから、やりたくない」と「触らぬ投資に祟りなし」を決め込む、根強い投資アレルギーが原因の一つと思われます。身も蓋もない言い方をすると、多くの日本人はリスクが不安な投資を毛嫌いしている様子。では、嫌いな投資に手を出さなければ、長い人生を不安なく幸せに過ごせるのでしょうか?

「投資の手も借りたい(元句:猫の手も借りたい)」

私がまだ若かった1970・80年代の日本は高度成長期で、将来に対する経済的な不安は少なく、投資をしている方は一部に限られました。つまり、安泰な暮らしが待っているのに、わざわざ投資のリスクを取って不安になる必要のない時代ということ。しかし、高度成長が過ぎて「失われた20年」となり、今は「人生100年時代」や「年金2,000万円不足問題」、「アフターコロナ」が騒がれる時代。このように時代が移り変わる中で、日本人の意識も変化したのでしょうか?

図表3 暮らしに対する意識調査(単一回答)
図表3 暮らしに対する意識調査
図表4 人生100年時代を迎えるにあたって、不安に感じること(複数回答可)
図表4 人生100年時代を迎えるにあたって、不安に感じること

図表3・4の出所:日本FP協会世代別「人生100年時代」に対する意識(2018年)より三菱UFJ信託銀行作成

図表3の「暮らしの意識調査(2018年、日本FP協会)」を見ると、「どちらかと言えば、現在の暮らしには満足できるが、将来の暮らしは不安」という現在の意識の傾向が分かります。年代別に見ると、60・70歳代は「現在の暮らしに満足している」人が多く、50歳代以下を中心に「将来の暮らしに不安を感じている」人が多いという結果。この不安の原因を図表4「『人生100年時代』に対する意識調査(2018年、日本FP協会)」で掘り下げると、60・70歳代は「自分の健康」という健康面、50歳代以下は「老後の生活設計」という経済面に不安を感じている様子。ここで私は、思わず爺臭い苛立ちを感じてしまいました。経済面で不安を抱えている現役層は、何故投資を始めないのでしょう?それぞれにご事情はあるでしょうが、投資嫌いは理由になりません。生活に責任を負う大人の判断基準は「好き/嫌い」でなく「必要/不要」であり、嫌いな勉強や仕事、上司との付き合いだって必要だからこそやっているのです。夏休みの宿題で経験したように、忘れた振りをしても不安は大きくなるだけで、何らかの行動を始める以外に不安を静める方法はありません。しかし、嫌いな投資を始めても、経済的な不安は益々大きくなるだけではないでしょうか?

当コラムは、経済的不安を軽くするかもしれないアイディアの一つ、「投資の手も借りたい」という考え方を、今後ご紹介していきます。しかし、「明日から始めよう!」と固く心に誓っても、いつの間にか明日が終わってしまうのは、夏休みの宿題で経験済み。これから本気で投資と付き合うためには、真面目に「投資の必要性」を知ることと、頭で考えた通りに行動できない厄介な人間の性を理解することが重要です。次回は、投資を始めようとする人の前に立ち塞がる心理的なハードルについて、行動経済学の観点から考えてみます。

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