コラムVol.96 マネーライターの取材裏話――マネー誌に書かなかったこと&書けなかったこと コロナ禍に“マイホーム”を考える

2021年1月26日
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森田 聡子 (もりた としこ)
早稲田大学政治経済学部卒業後、地方紙勤務を経て日経ホーム出版社、日経BPにて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は書籍や雑誌、ウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に対し、難しい投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく「書く」(=ライティング)、「見せる」(=編集)ことをモットーに活動している。著書に『節税のツボとドツボ』(日経BP)、編集協力に『マンガ 定年後入門』(日本経済新聞出版社)、『教科書には書いてない 相続のイロハ』(日経BP)。

コロナ禍に“マイホーム”を考える

年末に商店街のクリーニング店に洗濯物を持ち込んだ際、店主から興味深い話を伺いました。2020年下期にお得意さんが3軒も遠方に転居してしまったというのです。
転居先は一人が鎌倉、一人が湯河原、そしてもう一人が箱根と、いずれも神奈川県内でした。聞けば、3軒とも仕事をリタイアして10年以上になる高齢者世帯。うち1軒は広いお屋敷に暮らしていたのに、「建売業者に二束三文で売った」と話していたそうです。
ウイルス感染者が急増する都心を避け、“3密リスク”の低い郊外に新しい暮らしを求めたということなのでしょう。

総務省が20年11月末に発表した「住民基本台帳 人口移動報告」によると、東京都の転出入者数は同10月まで4カ月連続で転出超過となっています。これに対し、隣接する埼玉県、神奈川県、千葉県は同9月、10月と2カ月連続で転入超過でした。先の例のように、都内から隣県へと引っ越す人が増えているという見方もできます。
とりわけリタイア世帯であれば、通勤に配慮する必要がありませんから、「自分たちの健康を守ることのほうが大事!」とばかり、大きな決断もしやすかったのかもしれません。

筆者の住まいは東京都と神奈川県を結ぶ私鉄・小田急の沿線にあり、急行に10分も乗れば神奈川県内に入ります。鎌倉や湯河原であれば、医療や介護のネットワークも充実していますし、都心のデパートや劇場に出かけるにしてもさほど時間や金銭的な負担がかかるわけではありません。まさにゴルディロックス、「適温経済」ならぬ「適温移住」と言えるのではないでしょうか。

この移住話を聞いた直後に、テレビのニュースで目にしたのが、「コロナ禍にマイホームを買う」方々です。「高嶺の花だと思っていたマンションが大きく値下がりして、自分の収入でも買えるようになった」「マンションを手放す人が増えていて、条件のいい中古物件が選びやすい状況になっている」「会社に自転車通勤できる都心に思い切ってマンションを買った」など、理由は様々でした。確かに、住宅ローン金利が住宅借入金等特別控除の控除率(1%)より低い水準にある今は、ローンを組んで家を買う人にとっては千載一遇のチャンスなのかもしれません。
しかし、幸せいっぱいの購入者の姿を見て、老婆心ながら筆者が少々気になったのが、皆さん、「今が安い」「今なら出物が多い」「今の暮らしに合っている」と「今」ばかりを強調されていたことです。シングルの方なら、いずれはご結婚されるかもしれません。可愛い盛りのお子さんのいらっしゃるファミリーも、いずれは子どもが巣立ち、ご夫婦2人の暮らしになる可能性が高いのに、です。

雑誌の企画で住宅購入の失敗談を募集した際、こんな方に出逢ったことがあります。ご主人は上場企業に勤務するサラリーマン、奥様は元教師の専業主婦で、2人のお子さんの教育環境にこだわり、学園都市の、最寄り駅からバスで20分かかる大規模団地に自宅を購入していました。
実際に取材に伺いましたが、近くには小児科の評判のいい病院、学習塾やスイミングスクールなどを備えたショッピングセンターがあり、また、幼稚園や小学校、中学校の通学にも便利という、子育てにはこれ以上ないというくらいの立地でした。
ご両親の思いが実り、取材当時2人のお子さんは成績優秀な中高生に育っていたのですが、2人とも都心の私立に通っていて日々の通学時間はなんと往復4時間!当時はご主人も都心の本社勤務で、同じくらいの時間をかけて通勤していらっしゃいました。
取材時に奥様が、「買い換えたくても今は子どもの教育費がかかってそれどころではない。せめてもう少し、都心に近いところに買っておけば良かった」としみじみおっしゃっていたのが印象に残っています。

以前取材した実業家から、現在・過去・未来の3つの家の話を聞いたことがあります。その方は不動産投資もされているのですが、「独身時代の過去に住んだ家」「今家族と住んでいる家」「将来妻と暮らす予定の家」を所有していて、「今」以外の家は賃貸に出しているのだそうです。
実に合理的かつ効率のいい方法と思わず膝を打ちましたが、残念ながら筆者には3軒も家を持つ経済的余裕がなく、実践には至りませんでした。
しかし、賃貸暮らしであれば、その時々のライフスタイルに応じた物件を選んでいくことができます。今回のコロナ禍のような突発事態で収入が大きく減少し、家賃の支払いが滞ったとしても、一時的に家賃の安い物件に“避難”しやすいという利点もあります。

もちろん、この時期のマイホーム購入を全面否定するわけではありません。“一生の買い物”だけに、賃貸のメリットと天秤にかけた上で、「今」だけでなく「未来」も見据えながら購入したほうがいいのではありませんか、と申し上げたいだけです。
マイホーム新規購入層の親や祖父母世代には、不動産価格が右肩上がりの時代に買っていた方が大勢いらっしゃいます。そうした方には「マイホームは資産」という思いが根強く、「結婚して子どもも生まれたのだから、家くらい買わないと」とプレッシャーをかけてくるという話を聞いたことがあります。
「一国一城の主になってようやく一人前」という発想ですが、これには賛成しかねます。マイホームはあくまで人生の「道具」であり、「舞台」に過ぎません。主役である人間の生活がそこに縛られたり、振り回されたりするようでは本末転倒だと思うのです。

’20年はコロナの影響もあり、マイホーム関連の記事を書く機会がめっきり減りました。そんな中で感じた私論ではありますが、この先購入を検討されている方の一助となれば幸いです。

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