コラムVol.95 敵は本能にあり:へそ曲がりの『投資の考え方』第6回 馬鹿みたいなバブル高値を買ったのは、誰だ?

2021年1月19日
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荒 和英 (あら かずひで)
1982年三菱信託銀行(当時)入社。1985年より為替ディーラー、ファンドマネージャー、エコノミストなど、資産運用の最前線で投資業務に携わる。25年以上にわたるキャリアを生かして、2011年からマーケットレポートの執筆や投資に関するセミナー講師、TV出演(BSジャパン「日経モーニングプラス」)や執筆活動(『資産活用いろはかるた“い”の巻、“ろ”の巻』)などを精力的に行っている。

「相場吹けども踊らず(元句:笛吹けども踊らず)」

投資業務に就いている時、最も腹が立った上司の一言は、「何で、あんな高値を買ったんだ?」。相場の価格は売買が成立した証拠であり、後から振り返ると信じられないような高値でも、買った人は存在しています。買った本人もその価格が高いことを分かっているはずですが、それでも高値を買ってしまうのは、もっと上昇すると考えたから。しかし、何故、もっと上昇すると考えてしまったのでしょう?

前回の「何故、相場はゆっくり上がり、急に落ちるのか?」では、「行動経済学」の「損失回避バイアス」を用いて、利食いを急ぎ、損切りを後回しにしてしまう人間心理の癖をご紹介しました。行動経済学の研究によると、多くの人間には似たような「バイアス(傾向)」という癖があり、高値なのに更に上昇を期待してしまう人間心理の背景には、行動経済学の「確証バイアス」が隠れていると思われます。確証バイアスとは、図表1のように「都合の良い情報だけに注目し、自分の判断に自信を深めてしまう傾向」であり、世の中に占いが氾濫しているのも、もしかしたら、自分にとって都合の良い言葉を求めてしまう確証バイアスのせいなのかもしれません。

図表1 行動経済学の「確証バイアス」
図表1 行動経済学の「確証バイアス」

現代は、スマホなどを通じて世界中の情報を刻々と入手できる便利な時代ですが、逆に情報が多すぎて取捨選択に困ってしまうこともあります。この情報選択時の注意点は、確証バイアスが働く中で、都合の良い情報ばかりに目が行ってしまうこと。どうしても、株式を購入している時は景気の良い情報を、売却した後は暗いネタばかりを選んでしまいがちですが、自己満足で自信を深めると最後に大やけどをしてしまう危険性に注意が必要です。

特に、短期売買のタイミングを狙って相場変動を注視している人は、確証バイアスに注意が必要です。何故なら、購入している人にとって何よりの朗報は実際の相場上昇であり、図表1のように、最初は不安だった人も相場上昇で安心し、更に相場が上昇すると自信を深め、価格が高いと分かっていても、もっと上昇すると考えてしまうから。江戸時代の米相場の頃から確証バイアスに惑わされる投資家は多かったようで、「相場は頂上において最も強く見え、底値において最も弱く見える」という相場格言は相場の変動に踊らされる心理の危うさを戒め、「鹿を追う者は山を見ず」は、相場の短期変動に全集中するとバブルや暴落という大きな流れが見えなくなる怖さを教えてくれます。それでは、確証バイアスに注意が必要なのは、バブルなどの非常時だけなのでしょうか?

「買って兜の緒を締めよ(元句:勝って兜の緒を締めよ)」

短期売買で儲けるためには、相場の先行きを正しく当てることが必要ですが、正しい見通しを持てば大きく儲かるという訳ではありません。たとえば、相場上昇を予想した人は、最初に買った後、相場が上昇した所で利食い売りをして初めて利益が確定するのであり、いつどのぐらい売買するかという投資行動の巧拙が損益の大きさを左右してくるのです。

図表2 上昇相場の中での購入行動の違い
図表2 上昇相場の中での購入行動の違い

図表2は、投資行動の違いによって、同じ相場上昇時でも最終的な損益が変わってくる事例を示しています。投資行動Aは、上昇を予想していても最初は不安だから少ししか買えず、実際の上昇を見た後で買いが増え、徐々に確証バイアスが働く中で最終的に自信満々で高値を思いっきり買ってしまうという、私が何度も痛い思いをした下手パターン。この場合、高い価格での購入が増えるため平均購入単価は上昇し、少し相場が下落しただけで損に転じてしまいます。一方、投資行動Bは、上昇を予想しているから最初に多く買い、実際に上昇するにつれて買いの数量を減らしていくパターンで、安く一杯買っているため平均購入単価は低く、相場が多少下落してもビクともしません。

相場で儲ける鉄則は「安く買って高く売る」であり、購入に限ると「安い価格で多く買い、高い価格をなるべく買わない」になるため、この鉄則に合致するBが大きく儲かり、反するAがあまり儲からないのは当たり前です。そして、相場格言も「利乗せは最後にやられる(含み益に浮かれて相場上昇時に購入を増やすと、最後に損をしてしまう)」とAを戒め、「若い相場は目をつぶって買え(上昇初期の若い相場で、思い切って一杯買うことが重要)」とBを勧めています。ここで注意が必要なのは、「相場の先行きに強気だから、現在の価格を安く感じる」「将来の相場が不安だから、高く感じる」などと、価格の判断がその時の心理状態に左右されてしまう点です。つまり、「安く買って高く売る」というシンプルな投資行動が実行できないのは、相場の価格を「安い/高い」と正しく判断することの難しさにあるということ。次回は、確証バイアスと同様に我々の価値判断を狂わせる、「アンカリング」バイアスについて考えてみます。

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