コラムVol.99 敵は本能にあり:へそ曲がりの『投資の考え方』第7回 何故、「安く買って高く売る」ことが難しいのか?

2021年2月16日
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荒 和英 (あら かずひで)
1982年三菱信託銀行(当時)入社。1985年より為替ディーラー、ファンドマネージャー、エコノミストなど、資産運用の最前線で投資業務に携わる。25年以上にわたるキャリアを生かして、2011年からマーケットレポートの執筆や投資に関するセミナー講師、TV出演(BSジャパン「日経モーニングプラス」)や執筆活動(『資産活用いろはかるた“い”の巻、“ろ”の巻』)などを精力的に行っている。

「価格は天下の回りもの(元句:金は天下の回りもの)」

相場が上昇すると買いたくなり、急落を目の当たりにすると買えなくなるのは何故なのでしょう?日常生活だったら、欲しいバッグが20,000円から16,000円に値下がりしたら喜んで買い、24,000円に値上がりすると諦めるのに、短期投機の場合、相場が20,000円から24,000円に上昇したら喜んで買い、16,000円に急落すると買えなくなることがあります。何故、普段のショッピング感覚で相場の売買ができないのでしょうか?

日常生活のショッピングと短期投機の購入の違いは、その目的にあります。最近はフリマアプリで転売することもありますが、基本的にショッピングの目的は欲しい商品を手に入れることであるのに対し、短期投機の購入は取引開始に過ぎず、真の目的は後で高く売ることにあります。買ったらおしまいのショッピングと違い、高く売りたい短期投機の場合、購入時よりも購入後の価格変動の方が気になってしまうのです。それにしても、「安く買って高く売って」儲けたいのに、何故「高く買って安く売って」しまうのでしょう?

図表1 行動経済学の「確証バイアス」
図表1 行動経済学の「確証バイアス」

前回の「馬鹿みたいなバブル高値を買ったのは、誰だ?」では、図表1の「確証バイアス」という、「都合の良い情報だけに注目し、自分の判断に自信を深めてしまう」人間心理の癖をご紹介しました。この確証バイアスが働くと、@相場上昇の初期段階は不安ですが、A更に上昇すると安心感が増して楽観に転じ、B上昇が続くと自信満々になり、C相場下落の初期段階でも強気は続くものの、D相場が急落すると一気に弱気に転じるという、相場格言「相場は頂上において最も強く見え、底値において最も弱く見える」通りのパターンに陥ってしまうため、相場が上昇すると買いたくなり、急落を目の当たりにすると買えなくなってしまうのです。

一般的に、「去年の20,000円と比べて安い」「あのスーパーの198円より高い」のように、我々は他の価格と比べて「安い/高い」を判断しています。同様に、投資家も将来の予想価格と比較して今が買いか売りかの判断をしているのですが、確証バイアスが働くと予想自体がブレるため、売買がチグハグになってしまうということ。それでは、ショッピングのように価格が下がるのを待って買えば、投資も儲かるのでしょうか?

「高値に交われば安くなる(元句:朱に交われば赤くなる)」

私がまだ若い頃、日本には「定価(希望小売価格)」制度が残っており、定価と比べれば「安い/高い」は一目瞭然でした。しかし、「オープン価格」が主流となった現在は、定価のような客観的な基準がない中、安く買って得するつもりでも、実際は余計なお金を使ってしまうことがあります。何故なら、行動経済学の「アンカリング効果」によって、我々は容易に勘違いをしてしまうから。

図表2 行動経済学の「アンカリング効果」
図表2 行動経済学の「アンカリング効果」

図表2のように、アンカリング効果(「アンカー」は「錨(いかり)」の意味)とは、「先に得た情報(錨)の印象に引きずられ、後に得る情報の判断が歪められる傾向」を指します。たとえば、「『通常なら32,000円のところ、本日に限って19,800円でご提供』と聞くと、安く感じてしまう」心理は、錨となる情報「32,000円」と比較することで、本当は高いかもしれない「19,800円」を「安い」と感じてしまうアンカリング効果の典型例。この他にも「4個まとめて買うと1個無料」や「本日限りの大感謝祭」など、我々の価値判断を狂わせる文句は街にあふれています。しかし、このようなアンカリング効果で、投資家も勘違いをしてしまうのでしょうか?

図表3 リーマンショック・アベノミクス時の日経平均推移
図表3 リーマンショック・アベノミクス時の日経平均推移

出所:日本経済新聞社データより三菱UFJ信託銀行作成

相場格言は、アンカリング効果によって犯しやすい投資家の失敗について、「高値おぼえ、安値おぼえ」と警告を発しています。「高値おぼえ」とは、相場が高値近辺で推移した後に少しでも下落すると、高値の印象に引きずられ安いと感じてしまう心理で、逆に、安値に慣れた投資家が少し上昇した価格を高く感じる錯覚が「安値おぼえ」です。この「高値おぼえ、安値おぼえ」が最も怖いのは、中途半端な価格で余計な売買をしてしまう危険性であり、たとえば、図表3のA時点で買ってリーマンショックの暴落に巻き込まれたり、アベノミクス相場初期のB時点で早々と利食い売りしてしまう失敗の原因にもなります。つまり、価格が下がるのを待って買ったとしても、相場の大きな流れの中ではまだ高いこともあるので、短期投機の鍵を握るのはやはり相場予想ということ。以上のように、短期投機で儲ける方法は「安く買って高く売る」と単純ですが、相場が上下動する中で確証バイアスやアンカリング効果が働くため、正しく「安い/高い」と判断し続けることは至難の技なのです。次回は、多くの人々が価値判断を狂わせるバブル相場や暴落について、行動経済学の観点から発生メカニズムを考えてみます。

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