コラムVol.98 真面目に考える『投資の必要性』第7回 働けど働けど、何故給料は上がらないのか?

2021年2月9日
コラム執筆者の写真
荒 和英 (あら かずひで)
1982年三菱信託銀行(当時)入社。1985年より為替ディーラー、ファンドマネージャー、エコノミストなど、資産運用の最前線で投資業務に携わる。25年以上にわたるキャリアを生かして、2011年からマーケットレポートの執筆や投資に関するセミナー講師、TV出演(BSジャパン「日経モーニングプラス」)や執筆活動(『資産活用いろはかるた“い”の巻、“ろ”の巻』)などを精力的に行っている。

「不景気は万病のもと(元句:風邪は万病のもと)」

私が入社した1980年代、多くの日本企業には終身雇用制度や年功序列制度が残っていました。現代の転職や能力主義に慣れ親しんだ方からすると、時代遅れに見えるかもしれませんが、当時の私にとってはありがたい制度。何故なら、終身雇用のおかげで職を失う不安が減り、年功序列の中で将来の生活に何となく安心感を持てたのですから。逆に言うと、私のような制度に甘える社員が増えたため、能力主義が導入されたのかもしれませんが・・・。

前回「何故、日本人は投資をしなかったのか?」では、日本経済が高度成長から横這いに転じた「失われた20年」の間、日本人の多くが将来に対する経済的な安心感を失ってしまった経緯を説明しました。具体的に言うと、高度経済成長期に右肩上がりであった賃金や年金が頭打ちになり、預貯金の金利もゼロ近くまで低下する中、将来の収入に対する不安が広がったということ。加えて、終身雇用や年功序列などの雇用環境が変わった点も、経済的な不安を高める原因になったと思われます。では何故、日本企業は伝統的な雇用制度を止めて、能力主義のような新しい制度を導入したのでしょうか?

日本企業が雇用制度を変えざるを得なくなった背景は、「失われた20年」と「経済のグローバル化(国や地域の垣根を超えてヒト・モノ・カネが自由に行き交う、企業活動の国際化)」の影響が大きいと思われます。国内の経済成長が止まった1990年代より、日本企業は海外市場へ積極的に進出し始めましたが、そこに立ち塞がったのが米国を中心とした海外企業群でした。何故なら、多くの海外企業も、米国・ソ連冷戦体制崩壊以降に活発となった「経済のグローバル化」の流れに乗って、世界各地の市場へ進出していたからです。この強力な海外ライバル企業との競争は、日本企業に経営スタイルの変革を迫りました。一言でいうと、海外企業相手の競争を生き延びるために、日本企業は世界の主流であった米国的な経営スタイルを取り入れる必要があったということ。加えて、日本企業の大株主となっていた海外投資家も、経営陣に伝統的な経営スタイルからの脱却を求めました。それでは、このような経営スタイルの変化は、社員の生活へどのような影響を与えたのでしょうか?

「能ある会社は給与を隠す(元句:能ある鷹は爪を隠す)」

普段はあまり考えることのない問題ですが、会社とは一体誰のものなのでしょう?提供する製品やサービスを購入する顧客が重要なのは当たり前ですが、会社は所属する社員や経営陣、資本を提供する株主など関係者全てのものでもあります。ここで、日米の経営スタイルが最も異なる点は、重視する関係者の違いにあると言われています。大雑把に区別すると、米国的経営が株主の利益を重視するのに対し、伝統的な日本企業の経営は社員の安定雇用を重視しており、終身雇用や年功序列は、安定雇用のために重要な制度だったということ。それでは、経営目標が株主の利益に移行することで、具体的に日本企業の何がどう変わったのでしょうか?

図表1 日本企業の売上高(2005年3月=100、4四半期移動平均)
図表1 日本企業の売上高

出所:法人企業統計データより三菱UFJ信託銀行作成

図表2 日本企業の経常利益(2005年3月=100、4四半期移動平均)
図表2 日本企業の経常利益

出所:法人企業統計データより三菱UFJ信託銀行作成

日本企業全体の集計である法人企業統計によると、図表1の売上高は大企業・中小企業ともにリーマンショック時を超えていないにも関わらず、企業の儲けを示す図表2の経常利益は昨年までリーマンショック時を上回ってきました。つまり、日本企業は売上減少という逆境の中でも利益を確保してきており、この中で犠牲となったのが図表3の従業員給与です。

図表3 日本企業の従業員給与(2005年3月=100、4四半期移動平均)
図表3 日本企業の従業員給与

出所:法人企業統計データより三菱UFJ信託銀行作成

図表2の経常利益と図表3の従業員給与を比べると、人件費削減というコストカットで利益を生み出している現在の経営スタイルがわかります。この背景には、株主の関心が高い配当金や自社株買い(企業が発行済み株式を買い戻すため、株価上昇要因となることが多い)の原資となる利益を重視するようになった、日本企業の経営スタイルの変化があります。そして、この変化が続く限り、従業員給与のパイ全体が拡大するひと昔前のようなハッピーな状況は期待できませんし、日本企業の海外依存度が高まる「経済のグローバル化」の中、リーマンショックのような遠く離れた海外の出来事に我々の生活が脅かされる可能性も高まってきているのです。それでは、このような経済的な不安に対し、個人的に何ができるのでしょうか?2回連続で暗い内容となってしまった当コラムですが、次回以降で、経済的な不安を軽くする方法について考えてみます。

ご留意事項

  • 本稿に掲載の情報は、ライフプランや資産形成等に関する情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の取得・勧誘を目的としたものではありません。
  • 本稿に掲載の情報は、執筆者の個人的見解であり、三菱UFJ信託銀行の見解を示すものではありません。
  • 本稿に掲載の情報は執筆時点のものです。また、本稿は執筆者が各種の信頼できると考えられる情報源から作成しておりますが、その正確性・完全性について執筆者及び三菱UFJ信託銀行が保証するものではありません。
  • 本稿に掲載の情報を利用したことにより発生するいかなる費用または損害等について、三菱UFJ信託銀行は一切責任を負いません。
  • 本稿に掲載の情報に関するご質問には執筆者及び三菱UFJ信託銀行はお答えできませんので、あらかじめご了承ください。