コラムVol.115 敵は本能にあり:へそ曲がりの『投資の考え方』第12回 何故、米国でもバブルは膨れ上がったのか?

2021年7月27日
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荒 和英 (あら かずひで)
1982年三菱信託銀行(当時)入社。1985年より為替ディーラー、ファンドマネージャー、エコノミストなど、資産運用の最前線で投資業務に携わる。25年以上にわたるキャリアを生かして、2011年からマーケットレポートの執筆や投資に関するセミナー講師、TV出演(BSジャパン「日経モーニングプラス」)や執筆活動(『資産活用いろはかるた“い”の巻、“ろ”の巻』)などを精力的に行っている。

「相手変われどバブル変わらず (元句:相手変われど主変わらず)」

前回の「何故、日本のバブルは膨れ上がったのか?」では、日本の資産バブル形成に大きな影響を与えた行動経済学の「横並びバイアス」についてご説明しました。日本人は横並び意識が強い国民性との声をよく耳にしますが、横並び意識があまり強くないと思われる米国の株式市場でもバブルが発生してきた原因は何なのでしょう?

図表1 米国株式(NYダウ・ナスダック指数)の長期推移(対数目盛)
図表1 米国株式(NYダウ・ナスダック指数)の長期推移(対数目盛)

出所:Yahoo!ファイナンス(アメリカ版)データより三菱UFJ信託銀行作成

図表2 ITバブル期のNYダウ・ナスダック指数の推移(1998年12月=100)
図表2 ITバブル期のNYダウ・ナスダック指数の推移(1998年12月=100)

出所:Yahoo!ファイナンス(アメリカ版)データより三菱UFJ信託銀行作成

図表1のように、過去30年の間に、米国株式市場では2000年前後のITバブル、2000年代の住宅バブルと連続してバブルが発生しています。図表2でITバブル期の株式市場を振り返ると、米国を代表するNYダウが横這いであるのに対し、アップルやアマゾンなどIT関連新興企業が多く上場しているナスダック市場の株式指数は大幅に上昇しています。ITバブルとは、IT関連企業の成長期待を背景に株価が上昇し、その上昇で強気になった多くの投資家が更に株価を押し上げるという典型的なバブル相場であり、ピーク時はインターネット関連であれば事業開始前の会社でも株価が高騰するなど、17世紀オランダのチューリップバブルを彷彿とさせるような熱狂振りでした。何故、当時の投資家はバブルを警戒しなかったのでしょうか?

図表2のように、後から振り返ると一目瞭然であるITバブルが正当化された一つの要因は、当時流行した「ニューエコノミー論」であったと思われます。「ニューエコノミー論」は、ITの普及により世界経済が好不況の波から脱却した結果、今後はインフレなき好景気が続くという新しい理論であり、FRB(米国中央銀行)のグリーンスパン議長がコメントするなど、世界中で話題になりました。この新理論の台頭を受けて、「オールドエコノミー」を象徴するNYダウは上昇せず、「ニューエコノミー」を代表するナスダック市場だけが上昇するというバブル相場に理屈が立ってしまったのです。その後、「ニューエコノミー論」はITバブル崩壊とともに下火になりましたが、多くの投資家が「世界は変わった」と主張する新理論を信じると、バブルの存在が見えなくなってしまう危険性をITバブルの教訓は示唆しています。

「喉元過ぎればバブル忘れる (元句:喉元過ぎれば熱さ忘れる)」

ITバブルを正当化したのは「ニューエコノミー論」という新理論でしたが、リーマンショックの前に盛り上がった米国住宅・証券化バブルの場合は、「金融工学」という新しい技術が大きな役割を果たしました。

米国住宅バブルの原因となったサブプライムローンとは、一般的に低所得者向け住宅ローンのことを指します(米国では信用力が高い借り手を「プライム」、信用力が低い借り手を「サブプライム」と呼びます)。住宅バブルのきっかけは、ITバブル崩壊の中でFRBが利下げを続け、長期金利に連動して住宅ローン金利が低下したことでした。具体的に言うと、金利低下を受けて人々は住宅ローンを借り換え、図表3Aのように毎年の利払い負担が減り、Bのように新たな借り入れを行う人も増える中で、住宅購入ブームは急速に盛り上がったのです。

図表3 金利低下時の住宅ローン借り換え効果
図表3 金利低下時の住宅ローン借り換え効果

この時の米国バブルは、1980年代日本資産バブルと同じように経済と相場の両面で発生しており、経済面では上述の住宅バブルが、相場面ではサブプライムローンの返済金を担保にした証券化商品のバブルが拡大しました。証券化バブルの背景を一言でまとめると、「金融工学」という新技術の進歩によって、投資リスクを制御することが可能になったと慢心した投資家が競い合って証券化商品を購入してしまったということ。加えて、サブプライムローンの証券化は、低所得者の住宅購入を促進させると共に投資家の運用利回りを向上させる「win-win」の手法に思えたことから、住宅バブルと証券化バブルは相乗効果で大きく膨れ上がったのです。しかし、「win-win」状況は長続きせず、FRBが利上げに転じると住宅ローンの金利上昇でサブプライムローン返済の延滞が増えたことから、まず住宅バブルが崩壊。住宅バブルの崩壊で相場が急落し始める中、高度な「金融工学」により内容がブラックボックス化していた証券化商品への不信感が募り、証券化ビジネスで経営が悪化したリーマン・ブラザースが突如破綻すると、金融機関がお互い疑心暗鬼になる急激な信用収縮が起きてしまったのです。

著名な投資家ジョン・テンプルトン氏の言葉に、「投資の世界で最も危険な4つの単語は、『this time it's different(今回は違う)』である」というものがありますが、新理論や新技術の台頭に目がくらむと、ついつい「今回はバブルと違う」と油断してしまう点に注意が必要です。それにしても、何故、米国株式市場は懲りずにバブルを繰り返してきたのでしょうか?次回は、米国株式投資家の性格に大きな影響力を与えている、過去からの相場実績について考えてみます。

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