コラムVol.152 敵は本能にあり:へそ曲がりの『投資の考え方』第19回 このご時世、長期投資をやってる場合なのか?

2022年10月11日
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荒 和英 (あら かずひで)
1982年三菱信託銀行(当時)入社。1985年より為替ディーラー、ファンドマネージャー、エコノミストなど、資産運用の最前線で投資業務に携わる。25年以上にわたるキャリアを生かして、2011年からマーケットレポートの執筆や投資に関するセミナー講師、TV出演(BSジャパン「日経モーニングプラス」)や執筆活動(『資産活用いろはかるた“い”の巻、“ろ”の巻』)などを精力的に行っている。

「信じる投資は救われる(元句:信じる者は救われる)」

前回まで年金運用の長期基本ポートフォリオについて説明してきましたが、新型コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻、資源価格上昇を受けた世界的な物価上昇、世界各地の異常気象など、2020年以降で投資環境は一変しています。このように世界が様変わりする中、長期基本ポートフォリオを変更する必要はないのでしょうか?

図表1 長期基本ポートフォリオと短期実践ポートフォリオの考え方
図表1 長期基本ポートフォリオと短期実践ポートフォリオの考え方

図表1のように、年金資産は一般的に、長期基本ポートフォリオと短期調整部分を合わせた短期実践ポートフォリオによって運用されています。具体的には、短期的な収益改善局面(たとえば、株式上昇)が予想される時は、基本ポートフォリオ(A)より実践ポートフォリオ(C1)のリスクを高め(株式組入れを増やす(B1))、収益悪化が懸念される時は実践ポートフォリオ(C2)のリスクを低めるような調整を行っています。このような二階建ての運用プロセスが必要な理由は、長期の軸である基本ポートフォリオだけでは、短期の投資環境変化へ十分な対応ができないからです。言い換えると、長期の資産価格上昇を基本ポートフォリオで享受すると同時に、短期の投資環境変化には実践ポートフォリオの調整で対応する二段構えになっているということ。しかし、短期投資環境の変化で揺るがないとしたら、基本ポートフォリオはどのような時に大きく変わるのでしょう?

一般的に20歳から60歳までの掛金を対象に超長期投資を行っている年金運用業界でも、遠い未来の投資環境を正確に予想することは至難の業です。たとえば、40年前の1980年頃に現在の世界を予想できた人はいないでしょうし、40年後の予想は2060年になるまで当たっているかどうか分かりません。このように長期予想が困難な中、基本ポートフォリオは、前回「バブルや暴落相場を、どのように乗り切るのか?」で書いた、「株式などの資産価格は世界経済成長に支えられ長期上昇を続ける」という信念に支えられています。つまり、「過去から世界経済は成長を続けてきたのだから、今後も世界経済は成長を続けるだろう」と信じること。逆に言うと、この信念が崩れる時は世界経済成長の終焉が想定され、その場合は基本ポートフォリオだけでなく長期投資自体の意味を問い直す必要も出てくるのです。それにしても、世界経済は本当に成長が続くのでしょうか?

「発明は成長の母(元句:必要は発明の母)」

景気は良くなったり悪くなったりと不安定に見えますが、過去の動きをチェックすると、同じ動きを繰り返す一定のパターンを見つけることができます。具体的に言うと、景気動向には循環という周期的なパターンが隠れており、図表2は景気循環の代表的な4つのサイクル、図表3はその中で最も周期が短いキチン・サイクルを示しています。

図表2 景気循環の4つの波
図表2 景気循環の4つの波
図表3 米国景気先行指数(OECDベース)
図表3 米国景気先行指数(OECDベース)

出所:OECD(経済協力開発機構)データより三菱UFJ信託銀行作成

図表3の米国景気先行指数は約40か月周期で回復・悪化を繰り返しており、この循環が図表2@のキチン・サイクルです。キチン・サイクルの原因は在庫投資の増減と言われており、「在庫減→在庫投資増→生産増・景気回復→過剰在庫→在庫投資減→生産減・景気鈍化→在庫減」と循環します。このキチン・サイクルについて、1990年代末に米国で流行した「ニューエコノミー論」は、IT技術の活用により迅速な在庫管理が可能となったためサイクルは消滅したと主張しましたが、その後も在庫循環は無くならず、図表3のようにキチン・サイクルは続いています。簡単に言うと、原因が残っている限り景気循環は続くということで、重要なのは目に見える循環でなく背後の原因なのです。それでは、図表2で最も周期が長いコンドラチェフ・サイクルの原因は何なのでしょう?

図表4 コンドラチェフ・サイクルにおける過去波動のイメージ
図表4 コンドラチェフ・サイクルにおける過去波動のイメージ

コンドラチェフ・サイクルの原因は図表4のような新技術の変遷と言われており、産業革命以降に加速した世界経済成長は、次から次に台頭してきた新技術にけん引された結果と考えられます。もちろん、技術革新がもたらした環境破壊や武器の高度化などは大きな懸念材料ですが、第5波動である現在のAI(人工知能)やメタバース(仮想空間)、バイオテクノロジー(生物工学)、宇宙開発、クリーンエネルギーなどの新技術に加え、今は想像できないような新たな技術革新が今後も世界経済成長の原動力になる可能性は高いと予想されています。つまり、世界経済成長の鍵は、世界における技術革新の流れにあるということなのです。

今回は長期基本ポートフォリオの考え方の説明で終わってしまいましたが、短期の投資環境変化が大きくなる中、最近は実践ポートフォリオの重要性が高まっています。次回は、実践ポートフォリオを構築する際に重要な役割を果たす、ファンダメンタルズ(経済の基礎的な要因)・アプローチによる短期相場予想について考えてみます。

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