コラムVol.82 真面目に考える『投資の必要性』第3回 「リスク」と聞くと、何故ビビるのか?

2020年10月13日
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荒 和英 (あら かずひで)
1982年三菱信託銀行(当時)入社。1985年より為替ディーラー、ファンドマネージャー、エコノミストなど、資産運用の最前線で投資業務に携わる。25年以上にわたるキャリアを生かして、2011年からマーケットレポートの執筆や投資に関するセミナー講師、TV出演(BSジャパン「日経モーニングプラス」)や執筆活動(『資産活用いろはかるた“い”の巻、“ろ”の巻』)などを精力的に行っている。

「リスクを取らずんばリターンを得ず(元句:虎穴に入らずんば虎児を得ず)」

皆さんは、「危険な海へ船出する」という言葉を聞いた時、どのような感想を持つでしょうか?「怖そう」と不安になる方がいれば、「冒険のにおいがする」と海賊王のようにワクワクする方も・・・。「リスク」という言葉は「難所を航行する」というラテン語が語源で、転じて「勇気を持って試みる」を意味するようになったとの説があります。一方、日本の辞書でリスクと引くと、真っ先に出てくる意味は「危険」。何故、日本人はリスクと聞くと、ビビってしまうのでしょう?

前回コラム「わかっちゃいるけど、何故、始められないのか?」では、合理性で説明できない人間の不思議な行動パターンに関し、「行動経済学」の「バイアス」理論をご紹介しました。バイアスとは、多くの人間が無意識のうちに繰り返す一種の癖のようなもので、図表1の「現状維持バイアス」は「わかっちゃいるけど、始められない」、「現状志向バイアス」は「貰えるものは貰える時に貰おうとする」癖を指します。そして今回は、投資を行う際に最大の難敵となる、図表2の「損失回避バイアス」をご紹介します。

図表1 「行動経済学」の各バイアスのまとめ(前回コラムの再掲)
図表1 「行動経済学」の各バイアスのまとめ
図表2 「行動経済学」の「損失回避バイアス」
図表2 「行動経済学」の「損失回避バイアス」

損失回避バイアスとは「大きく儲かる可能性より、できるだけ損が小さい方を選ぶ」癖のことですが、まず【設問】を考えてみましょう。「A:無条件で1万円貰える」と「B:コイン投げゲームに参加し、表が出たら5万円貰えるが、裏が出たら2万円支払わなければならない」の2つの選択肢、どちらを選びますか?計算上の期待値(平均的に貰える金額)はBの方が高いのですが、私ならAを選びます。何故なら、「2万円支払う」が心配なBより、確実に貰えるAの方が安心だから。このように損を出来るだけ避けようとする癖が損失回避バイアスで、リスクと聞いてビビってしまう背景には、このバイアスが隠れていると思われます。

図表3 「損失回避バイアス」の中での「リスク」の考え方
図表3 「損失回避バイアス」の中での「リスク」の考え方

「投資のリスク」とは、図表3にある相場変動を受けた「収益のブレ」のことで、儲かる時もあれば損する時もあるという不確実性を指します。冒頭の「危険な海へ船出する」は「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と同じく、危険と見返りのどちらへ注目するかによって感想は変わってきますが、ここで危険しか見えなくなってしまうのが、「損失回避バイアス」の魔力。本来なら表裏一体であるはずの上昇益の存在を忘れ、下落損への不安に囚われるあまり、投資を始められなくなるだけでなく、新型コロナ・ショックのような暴落時に安値で損切りしてしまう最悪の事態も・・・。では何故、悪い方しか思い浮かばなくなるのでしょう?

「敵は本能にあり(元句:敵は本能寺にあり)」

日本は台風や豪雨、地震などの自然災害が頻繁に起きる国で、今のような異常気象でないにしても過酷な環境の中、文明の利器を持たずに昔の人はよく耐えてきたものです。当たり前の話ですが、我々が現在生きているという事実はご先祖様が代々生き延びてきた証拠であり、我々はサバイバルの達人の末裔ということ。では、どのようにして過酷な環境を生き抜いてきたのでしょう?

現代は「変革」の重要性が叫ばれる時代ですが、昔の日本人は変革に慎重だったと思われます。何故なら、過酷な環境で変革に失敗したら、待っているのは「死」だから。つまり、新しい挑戦を避ける「現状維持バイアス」は生き延びるための知恵であり、その教えを「住めば都」などのことわざが伝えてきたということ。一方、変革が必要な時は、誰かが成功した後に皆で乗っかる方が安全なため、「赤信号 みんなで渡れば怖くない」という日本特有の「横並び意識」が育まれたのかもしれません。分かり易いのは「現状志向バイアス」で、将来生きている保証のない時代、貰えるものは貰える時に貰ってしまう「善は急げ」は、サバイバルの鉄則。「損失回避バイアス」の【設問】Bは「5万円の儲け」と「2万円の損」の選択でしたが、失うものが金銭でなく生命であった昔の日本人にとって、できるだけリスクを避ける「損失回避バイアス」は重要で、「君子危うきに近寄らず」のような無用なリスクを戒めることわざが数多く残っています。

以上のように、投資の妨げとなる「現状維持・現状志向・損失回避」などのバイアスは、過酷な環境を生き抜く中でご先祖様が身に付けた一種の本能で、我々のDNAに刻み込まれているのかもしれません。では、「敵は本能にあり」の中、どのように投資を行えばよいのでしょう?

その答えは、「損失回避バイアス」の【設問】の中に隠れています。AとBの選択を1回しか出来ないとしたら、「2万円支払う」を避けたい人はAを選ぶでしょうが、もし100回続けることができるとしたらどうでしょう?Aの儲けは、100回×1万円=100万円。一方、Bの場合、確率的に表が50回出るので儲けは50回×5万円=250万円、裏が出る時の損は50回×2万円=100万円・・・AとBのどちらを選びます?もし1,000回だったら?寿命の短かった昔と違い、「人生100年時代」の今は挑戦する時間や機会がたっぷりあるため、「損失回避バイアス」に左右される一発勝負でなく、長期投資を行うという選択肢も出てくるのです。次回は、短期投機と長期投資の違いについて考えてみます。

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