コラムVol.94 真面目に考える『投資の必要性』第6回 何故、日本人は投資をしなかったのか?

2021年1月12日
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荒 和英 (あら かずひで)
1982年三菱信託銀行(当時)入社。1985年より為替ディーラー、ファンドマネージャー、エコノミストなど、資産運用の最前線で投資業務に携わる。25年以上にわたるキャリアを生かして、2011年からマーケットレポートの執筆や投資に関するセミナー講師、TV出演(BSジャパン「日経モーニングプラス」)や執筆活動(『資産活用いろはかるた“い”の巻、“ろ”の巻』)などを精力的に行っている。

「君子投資に近寄らず(元句:君子危うきに近寄らず)」

皆さんは、投資をしている周囲の人を見て、どのような印象を持つでしょうか?最近は、「将来を計画的に考えている」「経済や金融に詳しい」のようなポジティブな印象が増えているかもしれませんが、ひと昔前は、「一攫千金を夢見ている」「地に足がついていない」などのネガティブなイメージが少なくありませんでした。何故、投資をしていると危ない人に思われたのでしょう?

日本における投資のイメージが芳しくない理由の一つは、世の中に多い「投資=短期投機」という先入観のせいだと思われます。前回「今は買い時?売り時?それとも・・・?」で書いたように、一口に投資と言っても短期投機と長期投資は全く異なり、「安く買って高く売る」繰り返しで儲ける短期投機は、長い人生を地道に生きていく普通の人にとってギャンブルに似た危なっかしい世界。考えてみれば、人生と同じように時間をかけてコツコツと資産を積み上げる長期投資の方が、我々にとって抵抗感が少ないのは当たり前です。もしかしたら、最近になって投資の見方がポジティブに転じた背景は、「投資=長期投資」という考え方が普及し始めているためなのかもしれません。

それでは何故、ひと昔前の日本は「投資=短期投機」という先入観が定着していたのでしょう?それは、長期投資を行っている普通の人があまりにも少なかったからだと思われます。たとえば、私が為替ディーラー業務に従事していた1980年代後半、投資を行っていたのはプロが中心であり、普通の人で投資をしていたのはセミプロと呼ばれる一部の短期投機家に限られていました。一方、その当時から20〜30年間しか経っていない現代は、普通の人に投資を勧める書籍やコラム、セミナーが氾濫する世の中に変わってきています。この間、日本で何が起こったのでしょう?

「高成長の舞台から飛び降りる(元句:清水の舞台から飛び降りる)」

「失われた20年」という言葉を耳にしますが、私はこの表現が好きでありません。漠然と言われても何を失ったのかわからないし、何度も「失われた」と言われると、取返しのつかない失敗をしてしまったような負け犬根性になってしまいます。ところで、この「失われた20年」とは、一体何が失われた20年なのでしょう?

図表1 日本の景気・賃金・年金の推移(1990年度=100で指数化)
図表1 日本の景気・賃金・年金の推移

出所:内閣府、厚生労働省、財務省データより三菱UFJ信託銀行作成

図表1の黒線は日本の経済力を示す名目GDP(国内総生産)の推移であり、1990年代まで「高度経済成長期」と呼ばれる右肩上がりの成長が続きました。その後、1990年代半ばの資産バブル崩壊を受けて名目GDPは横這いに転じましたが、この横這いの時期がいわゆる日本の「失われた20年」です。簡単に言うと、失われた20年とは、日本からそれまで続いてきた経済成長が失われた20年間ということ。それでは、日本から経済成長が失われると、そこに住んでいる我々日本人も何かを失うものなのでしょうか?個人的な話で恐縮ですが、私は高度経済成長期の真っ盛りであった1982年に銀行へ入行しました。今から振り返ると、私を含めた当時の若者達は将来に対する経済的な不安をあまり感じず、「将来・・・何とかなるのでは?」と楽観視していたような気がします。何故なら、当時の日本は図表1のように平均賃金(青線)や年金(赤線)が毎年増加を続けており、今後も続くことに何の疑いも持っていない時代だったから。加えて心強かったのは、図表2にある今の日本では信じられないような高い金利水準でした。

図表2 日本の預貯金金利の推移(1960年〜1998年)
図表2 日本の預貯金金利の推移

出所:財務省データより三菱UFJ信託銀行作成

自分が若かった頃を美化したくなるのは歳を取った証拠なのかもしれませんが、高度経済成長期は、普通に働いていれば給料は上がるし年金に不安はないし、お金が余ったら預貯金で十分に増やせるという、わざわざ投資をする必要のない良い時代だったと思われます。しかし、日本から経済成長が失われると、図表1の賃金(青線)や年金(赤線)は頭打ちとなり、図表2の金利水準も急低下した結果、このままだと「将来・・・どうなってしまうのだろう?」との不安が募る時代に変わってしまいました。要するに、日本という国から経済成長が失われると、そこで生活している我々も将来に対する経済的な安心感を失ってしまうという関係。逆に言うと、日本経済が不死鳥のように復活し高度経済成長に戻ってくれれば我々も安心感を取り戻せるのですが、日本経済の先行きは誰にもわかりません。では、国の経済が傾いてしまった時、国民にはどのような自衛手段が残されているのでしょうか?

究極の自衛手段は海外への移住かもしれませんが、それはあまりにも非現実的な方法です。それでは、我々自身でなく、お金だけを移住させる海外投資はどうでしょう?このように、現実的には実現困難な経済活動を可能にするのが、投資という飛び道具本来の使い道。言い換えると、失われた20年という現実に不安を感じるからこそ、投資の助けを借りたい人が増えてきたのが日本の現状なのかもしれません。では次回は、失われた20年における日本の企業経営スタンス変化について考えてみます。

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